グルメ音痴のチャーハン
僕は世界に名を轟かせることができるかも知れないほどのグルメ音痴だ。
何を食べても美味しく感じることができる素敵な味覚を持っている。どんなものを食べてもよっぽどでない限りは不味いとは感じない。家庭で出される料理で不味いと感じたものは今までの人生では、ほぼないに等しい。
しかし、そんな僕でも不味いと感じる料理がある。それは自分で作った料理だ。料理と言うほどのたいそうなものではないのだが、僕が作るものは尽く神がかり的に不味い。どこでに出しても恥ずかしくないくらいの不味さを誇るものと自負している。
つい最近、作ったものの中で一番不味かったのが、チャーハンだ。チャーハンの素を使って作った。素を使って作ったら誰が作っても同じものができると思われている方もいらっしゃるかと思う。しかし、僕に掛かればたちどころに不愉快になるほどの食物が出来上がる。その風雲急を告げる不味さにある種の感動すら覚える。彦摩呂もタジタジになることは間違いない。
それでも僕は限界まで胃の中に流し込む。この辺りがグルメ音痴界のプリンスと呼ばれる所以であろうか。常人ならば僕の作った食物を口に入れただけで遺憾の意を露にすることは請け合いです。
どうでも良いけど「いかんのい」って「れもんのれ」とか「みかんのみ」とかと似てるね。本当どうでも良いね。死んじゃえば良いのにね。
僕は何を食べても美味しく感じる味覚を持っているのだが、それでも美味しく感じない食べ物もある。
僕は無類のラーメン好きです。僕の部屋の隣にはラーメン大好き小池さんみたいな人が住んでいる。そしてその小池さんのベランダにはいつも洗濯物がいっぱいだ。廊下ですれ違った時に挨拶もしてくれない。僕が引っ越してきたときに挨拶に行ったのに居留守中でした。それはそれらの事柄は今から書くこととは一切関係ない。
近所にある美味しいと言われるラーメン屋は大抵行った事があります。その中でも僕が一番好きなラーメン屋はラーメンとご飯を頼むとおでんを一本サービスをしてくれると言う画期的なシステムを採用している店です。
その店には休日の昼間に行くことが多いのですが、100%と言って良いほどファミリー客がいます。僕は独身貴族なのでファミリー客が多い店には入り難かったりするのですが、その店は店主の配慮で店の真ん中に長い机が置いてあって、一人で入ってもその長机にさえ座ればあら不思議、疎外感を味わうことなくラーメンと美味しく頂くことができます。多分長い机が一番大きいからだろう。根拠はない。
僕はその店のラーメンの味も好きだけど、おでんのサービスや、さり気ない心配りが気に入って通っている。
先日、友人から美味しいラーメン屋の情報を仕入れた。広島の西区にあると言われるラーメン屋なんですけど、僕はそれまで名前も聞いたことのないような店でした。僕の家からそう遠くない場所にあるらしいので日曜日に早速チーと一緒に行く事にしました。
カーナビの力を借りて辿り着いたその店はとてもじゃないけど便利なところとは言い難い場所にあり、店の看板も目立つようなものではなく、たまたま通りかかった人がフラっと入るような感じの店ではありませんでした。
僕は期待に胸が膨らむ。こう言う辺鄙なところにあるのに口コミで噂が広がる店ってのは得てして美味しいものだ。
店の中を少し覗き込んで見ます。どうやら夫婦で営んでいるらしく民家の一階部分を店舗にしていると言う佇まいです。そしてカウンターだけの店内には昼時と言うこともありそこそこの人数の客が見えます。
店の入り口まで来て少し違和感を覚えながらも店内に入ります。その違和感とは店の前にメッセージボードが置かれていて「静かにできないお子様を連れての入店はご遠慮ください。」的なメッセージが書かれていました。僕がいつも行くラーメン屋には「静かにできないお子様」はたくさんいる
店に入るなり店員である奥さんが「カウンターの奥から詰めて座ってください」との指令が下されました。店内には客がいるものの指定された席に座らねばならないほど混雑している訳ではないのに。僕は少し戸惑いながらも指示に従い奥の席へ腰を下ろす。
そしてチーと一緒にメニューを眺めてラーメン2つとおにぎりを注文することにしました。そしてカウンター内の目の前にいる奥さんに「注文良いですか?」と尋ねる。そうすると奥さん。「ほんの少し待ってくださいね」と。僕は一人でこの店に入ったならば悪態をついて店を飛び出していたかも知れない。店の入り口のメッセージや席を指定されたことに少なからずムッとしていたからだ。
タイミングを見計らわずに注文した僕が悪いのか。カウンターの客のラーメンは僕らと僕らの隣に座っている人以外には行き渡っている。どう考えても客の注文を後回しにするだけの理由が見当たらない。
なんだか久々に嫌な気分になる。夜中に家の前にウンコでもしといてやろうかとか考えながらも注文を済ませてしばらく待つ。店主であろう旦那さんの巧みの業である手際は良く僕らの目の前にはあっと言う間にラーメンがきました。
そして一口、口に含んでみた。なるほど、友人が勧めてくるだけあってなかなかの味だ。辺鄙なところにあるにも関わらずわざわざ客が来るのも頷ける。
僕がいつも行くラーメン屋よりも随分濃い目ではあったが、これはこれで良い味だ。
ラーメンを食べ終えて店を出た。僕はもうこの店に来ることはないだろうと思いながら。
僕のバカ味覚は正直、美味しいものとそうでないものの区別が付かない。だから何を食べても美味しいと思うことができる。この店のラーメンは確かに良い味をしているが、僕にとっては美味しいラーメンではなかった。
僕は飲食店に対して過剰なサービスは求めていないつもりだ。必要以上に清潔であることも求めていないし、必要以上のサービスを求めてはいない。もっと言うなら美味しくなくても良い。
僕は客の立場を利用した横柄な客にはなりたくないので、店の人が料理の注文を聞きにきてくれるとき、水を汲みにきてくれるとき、食べ終わった食器を片付けてくれるとき、ほんの少しの感謝を伝えるようにしている。それは店の人のさり気ない心配りに対してのお礼でもあるし、僕自身も美味しいものを食べたと言う満足感がより大きいものになるような気がするから。
そうすることにより店の人もほんの少し良い気分で客を迎えることができるのではないだろうか。
これは客と店員の関係のみの話ではなく人間関係全般に言えることだと思っています。
この度のラーメン屋は「うちのやり方が気に入らないなら来てくれなくて結構」と言った感じの店なのでしょうが、僕はそんな店で食べるものを美味しいと感じることのできる感覚は持ち合わせていないので店の方針に従おうと思う。お互いに感謝の気持ちを素直に出せないような店には行きたいとは思わない。
でも、そんなことはどうだって良いんだ。僕が言いたいのはあのチャーハンを食べるのだけは二度とゴメンだと言うことなんだ。


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