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2008年5月

2008年5月26日 (月)

噂と正義

僕らは正義を振りかざす。

贔屓目に見ても品行方正とは言いがたい僕たちであったが時には正義にも憧れる。
10代の頃、正義にもなりたがり、悪にもなりたがる僕らはどちらにも成りきれずに中途半端な正義をふりかざしながら悪事を働く。

僕たちのまちは表通りを歩いていると何人かの馴染みの顔と出くわすほどの小さな町だ。当時は、大型スーパーなどは今ほど多くなく小さな町の中に小さなスーパーや商店がひしめき合いながらも、それぞれが縄張りを守るかのように存在していた。生活圏内は今ほど広いものではなく、買い物と言えば近所のスーパーだった。

同じ生活圏内に暮らしている人の行いはすぐに町中に広まり、今よりも隣人に関心のある日々を送っていた。特に退屈な時間を持て余す僕たちの間で囁かれる噂は瞬く間に町中に広まる。

やれ、口裂け女だの、人面犬だの、トイレのお化けだのと都市伝説的なものもそうであったが、僕たちの間ではもっとリアリティのある話のほうが強く興味を惹いた。○○と△△がケンカして○○が勝っただの、××が新しいファミコンのソフトを持っているだの、体操着を着ている時の□□の胸はボインボイン揺れるだのと身近に感じられる話題にはすぐに飛びついた。

元々、リアリティの感じられない都市伝説的な話は元の話しとそう大きく変わることなく人から人へと伝わっていくものだが、身近な話しは人から人へと伝わるうちに枝葉が増え内容を変えどんどん大きな話しに発展しながら伝わっていく。時には全く根も葉もない偽りである噂が飛び交うこともある。○○は近所の8人の不良に絡まれ返り討ちにしただとか、××はファミコンのソフトを全種類持っているだとか、□□はサセ子だから頼めば誰にでもやらせてくれるだとか。話し自体は都市伝説のように真実とは異なる内容のものなのだが、登場人物がリアルに存在を確認できるだけに口裂け女だとかの話よりは興味深く、真実味があるように感じた。また現実と空想が絶妙なバランスで融合した噂ほど刺激的なものはなくそれらの伝染するスピードは他のどんな噂話よりも早かった。真実のような嘘、嘘のような真実、どちらとも取れるような話ほど面白いものはない。

僕らがルンペン・バスターズを結成したのもある噂が発端だった・

近所で見かける子汚い格好のおじさんが僕らがよく行くスーパーで肉を泥棒したらしい。おじさんの名前は便宜的にハットリとしておく。

ハットリの姿は僕らもよく見かけていた。ボロボロの作業服を着ており、元々の色は多分ベージュなんだけど汚れがひどくて真っ黒になっている。髪の毛は伸び放題で白髪交じりの長髪からは清潔感の欠片も見つけることができない。いつも台車にいっぱいのダンボールを積んでいて町を徘徊してはダンボールの数を増やすことに精を出していた。

ハットリが肉泥棒の狼藉を働いたらしい。それも1度ではなく2度、3度と何度も繰り返しているらしい。一度、店の人に追いかけられたことがあるらしい。逃げたハットリが曲がった先は袋小路。後ろから追いかけていた店員は追い詰めたことを確信し角を曲がったが、そこにはハットリの姿はなかった。そんな噂が僕らの前を駆け抜ける。

ハットリは許しておけない。僕らが町の秩序を守らなければ。義務感に駆り立てられたインチキな正義感を掲げハットリを懲らしめてやることにした。古今東西、悪いことをしたヤツは正義に懲らしめられるのが決まりだ。そして悪を懲らしめることにより、品行方正でない僕らでも正義を名乗ることが許される。

メンバーはいつものヤスとミツと僕。この度は助っ人としてヒラも加わった。まずは情報収集から始める。ハットリの住居はすぐに分かった。公民館の裏手にあるらしい。そこでハットリは何匹かの犬や猫と生活しているらしい。

僕らは早速ハットリの家やその周辺の偵察に向かう。公民館はあるのだが、家が見つからない。裏手に回り調べてみるが、どうにも見当たらない。そこには道沿いに、どこかの会社の資材置き場のような倉庫が立ち並ぶだけで家らしきものは見当たらない。

倉庫と倉庫の間に道がある。いや、道というよりも少し広めの隙間だ。僕らはその先を進む。辿りついた先には家、と言うよりも小屋があった。僕らの秘密基地を思わせるような粗末な建物で玄関がどこなのかもハッキリしなくて、窓ガラスはほとんどが割れていてダンボールで補強されたような状態だった。建物の周りには壊れた自転車やら革張りのソファーやらが散乱している。いかにもハットリが棲みそうな雰囲気の場所を発見し僕らの気持ちは昂る。

小屋の中の様子を伺うが、どうやらハットリは不在のようだ。ヤスとミツは大胆にも小屋の中に進入する。僕は外で見張りをしていた。小屋からは犬が吼えている声が聞こえる。しばらくしてヤスとミツが出てきた。僕らは偵察を追え任務に取り掛かる準備を始めた。

まずは爆竹。近所の駄菓子屋で1箱200円で購入する。結構な数の爆竹が入っており、僕たちがお祭り騒ぎをするときには欠かせないアイテムでもあった。それがこの度は悪を懲らしめるための正義の鉄槌となって役立つことになる。そして、消火器。これは近所にあるマンションなどから拝借したもので盗人をすることに少しばかし心が痛んだが正義に行いのためにには仕方のないことだと言い聞かせて盗人した。僕は見張りの役に立つかも知れないと思って双眼鏡を持って行った。

準備は整った。決戦は次の日曜日。僕らは悪を退治し正義になる日を心待ちにしながら決戦の日を待つ。

そして決戦の日。僕らは緊張の面持ちで集合し、ルンペン・バスターズを名乗りハットリの家を目指す。そして例の隙間を抜けハットリの小屋へ。様子を伺うがハットリは不在のようだ。ヤスとミツは小屋の中に突入。同時に犬の吼える声が聞こえ出す。中からは消火器をぶちまけている様子が伺える。ガラスの割れる音も聞こえた。そして小屋から出来てた2人と一緒に爆竹に箱ごと火を点ける。それを放り投げ爆音が響き渡る中、僕らは来た道を駆け足で戻る。倉庫と倉庫の間の隙間を抜けて道路に出た時に達成感は感じなかったが緊張からは開放された。

僕らは難なく任務を終え、その場を立ち去る。そこにジャージを着たおじさんが体操をしているような格好で立っている。僕らがジャージの横を通り抜けようとしたその時。ジャージが掴み掛かってきた。ヒラが羽交い絞めにされ身動きできない状態になってしまった。僕らは何がなんだか分からないまま立ち竦んでいた。「お前らどこの中学や!」と。ジャージが言い放つ。そして「おーい!こっちおったで、捕まえたで!」と。どうやらジャージには他にも仲間がいるらしい。

僕らは逃げなければ、と思うのだがヒラが囚われの身になってしまっているので逃げることもできない。その瞬間、ジャージに羽交い絞めにされたヒラが上着を滑らせ、するりとジャージの手から抜け出す。そして次の瞬間にダッシュ。僕らも後に続く。ジャージは追いかけてくることはなかった。

僕らは出来るだけ遠くに逃げたほうが良いと直感的に思い、高台にある中学校の下にある竹やぶまで走った。そこでしばらく身を隠すことにした。僕らはみな緊張から開放された安堵感から、大笑いし先ほど味わったばかりのスリルの興奮を思い出すかのように大声でゲラゲラと笑った。

しばらく身を隠し、竹やぶから抜け出す。そこでハットリの家の方を見てみるが、ハットリの家は倉庫に挟まれたようにあるので見えるはずもなかった。公民館の近くの川沿いに1台のパトカーが止まっているのが見えた。僕は双眼鏡でその辺りを覗いてみた。そこにはさっきのジャージがいた。あのジャージがパトカーを呼んだんだ。僕らは正義の行いをしたはずなのに警察に追われる身になってしまった。立ち尽くしてそれを眺めているとパトカーはその場から去った。何台かのバイク警官が残っていたが、それもすぐにいなくなった。

僕らは用心して2手に分かれて家路に着いた。

後日、噂で聞いたのだが、公民館ではなにやら法事だかお葬式だかをやっていたらしい。そこに爆発音が聞こえるもんだからジャージが公民館を飛び出してきて、ちょうど倉庫の隙間から脱げ出してきた僕らを捕まえたのだ。そして警察を呼んだ。

中学生が法事の会場に爆竹を放り込んで大暴れして逃げていった。そこへ警官がやってきて大捜索が行われた。そこにはパトカーが数台やってきて夜中まで捜索が行われたが中学生を捕まえることはできなかった。そんな噂がすぐに町に広まった。

噂するみんなはうすうす感付いていたはずだ。僕らが事件を起こした犯人であることを。

語られる噂の中での出来事が、事実でもなく真意でもなかったのだが、僕らはそれを訂正することはなかった。その噂が明日にでも新しい別の噂に上書きされて消えてしまうことを知っていたから。

僕は噂と正義ほど不確かなものはないと実感した。

僕らはルンペン・バスターズを結成するにあたって、ハットリに関する噂が真実であろうと、そうでなかろうとどっちでも構わなかった。

そして、最初から分かっていた、僕らが振りかざしたものが正義でないことを。

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2008年5月23日 (金)

ポジティブシンキング

ポジティブであることは良いことです。

ポジティブと一言で言ってもいろんなものがあるように思います。自らポジティブを名乗る人の大半はただ単に適当なだけだったりするのですが、それもまた間違いなく前向きに行動することに直結する考え方のひとつではあります。

友人のカッパくんは超ポジティブです。
ある週末、釣りに行く予定にしていたのですが、生憎の雨。こりゃあ無理だろう。と思い、僕は中止の連絡をカッパくんに入れました。そうするとカッパくんは「向こう(目的地)は雨降ってないかも知れんジャン」と。いやいや。出発地と目的地は50Kmも離れていない。双方とも高確率での雨は予想される。カッパくんはどうしても釣りに行きたかったらしく現実逃避ともとれる発言ではあるが超ポジティブな予想を披露した。

結果、僕らは釣りに行った。僕は一人であれば行っていないだろう。しかし、カッパくんのポジティブシンキングに便乗した僕は釣りに行くことができた。まぁ、その日はカッパくんはボウズだったんですけどね。そしてごり押しで来た甲斐なしと言わんばかりに凹んでた。威勢が良かったのは最初だけだったようだ。慰めのつもりで僕が言った「次の時にでかいの釣ろう」と言った言葉に対してカッパくんは次回にリベンジを果たすと意気込みを見せた。

カッパくんのように著しく的外れであっても前向きであることは良いことのように思うのです。前向きの要素を持った人に関わると何だか自然と前向きになれるような気がします。

それとは反対にネガティブな要素を持った人。これもやはり伝染してしまうこともあります。負の力と言うのは以外にも大きなもので周りの人に与える影響は計り知れない場合もあります。

ネガティブな要素を持った人と言うのは乱暴な言い方をすると誰かに心配してもらいたい気持ちが強いのではないかと思います。

やはり負の要素を振りまくよりも正の要素、言わば勝の気概を持った方が今よりもよりよく豊かな人生が歩めるのと思うのです。

人間と言うのは弱い生き物で一人では到底生きていけるものではありません。自分の中で生み出した負の要素。それを乗り越えるためには自分の力だけではどうしようもないことも多々あります。そんな時に勝の要素を持った人からの影響を受け、学び、強くなる。そして今度は自分が他の人に勝の要素を与えてあげる。

そうすることにより自分自身も磨かれていき魅力のある人に近付けるのではないだろうかと思います。

あの雨の日、カッパくんがどうしても釣りに行きたいが故に発した言葉には紛れも無く勝の要素がありました。僕は雨に負けていた。僕の「釣りに行きたい」と言う気持ちは雨の前に成すすべも無く完敗していた。しかし、カッパくんの一言で逆転することができた。そして釣りに行きボウズでうな垂れていたカッパくんは僕の一言で次回にリベンジをすることを誓い負のスパイラルから脱出した。

何事にもおいてポジティブであることは良いことです。

負の要素を無闇に撒き散らすことはできるだけ避けたい。自分が人に対して何らかの影響を与えることができるのであればできるだけ勝の要素を与えたい。

僕かて、元から前向きな思考をする人間だった訳じゃない。どちらかと言うと後ろ向き。超ネガティブだったのではないかと自己分析していました。今でこそ超適当なので似非かも知れませんがポジティブに物事を捉えて消化できるようになりました。「なるようになるさ」的な考えもあながち悪いものではないものです。

事実、僕らが直面する問題はそれほど大きな問題ではなかったりするものです。自分が気にしているコンプレックスなども他人から見れば些細なことだったりするのです。

他人の鼻の頭のニキビなんてマジマジと見たりしない。しかし当人からしてみれば一大事。おいそれと外出もできやしない。「そんなの気にしても仕方がない」と切り替える、もしくは「どうにかして直そう」と行動するところからポジティブな思考が生まれるのだと思います。一人で「ニキビが大きくなった。嫌だなぁ。」なんて言ってるところからは何も生み出されない。

どうしても解決したい問題で自分の力ではどうしようも無い場合は人に相談してみれば良い。その人は「そんなニキビ気にするなよ」と言ってくれるかも知れません。そう言ってもらえたアナタは「そうだな。気にしても仕方がない。」と思えるかも知れません。また、「この薬が良く効くよ」と特効薬を教えてもらえるかも知れません。教えてもらったアナタは「その薬を試してみよう」と行動できるかも知れません。

誰かに相談してみようと思った時には既にニキビ問題は解決に一歩近付いたと言えましょう。ポジティブであることを望むことにより誰かに相談できたのでしょう。そうすることで負から勝に逆転する準備もできて行くものだと思います。

僕らの1日の終着点は常に明日だ。誰もがいくらかの不安と言う負を背負って明日へと進んで生きている。どんなにネガティブな人でもどんなにポジティブな人でも並列に行進して終着点を目指している。

僕には大層な力は無いが僕の大切な人が新たな負の要素を抱えこみながら終着点を目指し行進しなければならなくなりそうな場合は出来るだけ荷物を減らしてあげたいと思う。

そのために僕はポジティブでいなければならない。

そしてそれが理想の僕でもある。

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2008年5月21日 (水)

種だった僕

責任者呼んでこい!

そんなことを言いたくなる場面は、そうそう無い訳ですが、それでも稀にそう言いたくなる気持ちになることがあります。

僕の会社の最寄のコンビニ。通勤時や昼食時にもなると人でごったがえすような場所にあります。店からすれば嬉しい悲鳴なのでしょうが、客からしてみたらコンビニなんかでレジ待ちなんかしたくない。しかし、会社から一番近いと言うこともあり止む終えずいつも利用しています。

人が多いのは毎日のことなので慣れっこなのですが、最近とても不愉快な気分になることがあるのです。最近新しく入った店員でおじさんがいるのですが、その人の顔が気に入らない。「責任者呼んでこぉぉおい!」ってくらい顔が気に入らない。

顔が気に入らないから「責任者」は、いくらなんでも横暴でしょう。そうでなくてなんて言うか買ったものを袋に入れてくれるんですけど、その後ですよ。袋を放り投げるような感じでレジに置くんですよ。

そりゃね。僕かて不機嫌な朝もありますよ。たまたま不機嫌な朝にたまたまおじさん店員のレジに並んだりしたら不機嫌も盛り上がるってもんですよ。初めておじさんにレジをしてもらった時の印象がとても悪いものだったためその後もおじさんのレジでの態度が気に入らない。何でもない動作でも目に付いてしまう。そして「責任者呼んでこぉぉおい!」って気分になるのです。

やはり最初の印象と言うのは、なかなか重要なものでその後にいくら頑張っても挽回するのは難しいのです。

主に対人関係においてですが、その"最初の印象"と言うのは自分自身の直感に他ならないもので「この人とは合いそうにないな」などと感じてしまうこともあります。それ故に"最初"と言うのはその後の関係をも占うものになってしまう可能性もあるため非常に大事な場面と言えましょう。

僕はこの"直感"を信じた。信じたのだがおじさんを避けることはしない。おじさんのことを見ては粗を探してしまう。そしてその度に「責任者呼んでこぉぉおい!」的な気持ちになる訳です。

言ってみれば自分で不機嫌になる種を探しているようなものです。おじさんは種を撒いた訳ではない。そう。種を撒いて育てているのは他ならぬ僕なのです。おじさんのレジに並ばなければ良いのに並ぶ僕に責任があるのです。

いかん、いかん。こんなことではと思い始めたのが数日前。今日も朝からおじさんのレジに並んでしまった。袋を放り投げられるが僕はもう種を育てない。見て見ぬふりと言うか、気にしないようにすることに努めた。そうすると、どうでしょう。「責任者呼んでこぉぉおい!」的な気分にはならないではないですか。やはりそうだ。僕が種だったんだ。

そんなことで今日はとても収穫のある朝を迎えることができた。そして明日の朝からもおじさんのレジに並んでも不愉快な気分にならないことを確信した。

とても良い気分で帰宅し、いつものように晩御飯の用意をする。

「責任者呼んでこぉぉい!」的な気分になった。

この不味い炒飯を作ったやつを殺してやりたい、と思った。作ったやつが心の底から憎い。

僕は最初の"直感"を信じて行動していればこのような惨劇を再び味わうことがなかったのに・・・と肩を落としたが完食はした。

やはり僕が種だった。

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2008年5月20日 (火)

オコメ屋さん

まだ10代の頃でした。僕は米屋さんでアルバイトをしてたんですよ。オコメ屋さんです。

その米屋はお米以外にも食品や日用雑貨や灯油まで販売していました。それらをトラックに積んで近所をグルグル徘徊しながらお得意さんの家を回ったりするのです。御用聞きと言ったやつです。

もちろん普通の配達もあります。配達地域は結構広くて10Kmくらい離れた家にお米を10Kgのみ配達、なんてことも稀にありました。メインとなる地域は普通の一軒家からマンションや県営アパートなどが立ち並ぶ住宅地でした。なかでもやっかいだったのは県営アパートです。4階建てはザラですから配達の荷物を届けるだけでも大変です。それでもお米や日用雑貨などは軽いもので慣れると苦ではなくなるんですよね。

冬場になると灯油の配達がメインになります。僕がこの米屋に在籍したのは10月~3月くらいまでだったと思うので一番忙しい時と言うことになります。

店によって灯油の配達の方法は違います。車に小型のタンクが積んであってポリ容器に入れてくれる店。ポリ容器を持ってきてそのまま置いて帰る店。ポリ容器を持ってきて客の家のポリ容器に移し替える店。様々です。

僕の働いてた店はポリ容器を移し変えるやり方の店で一番しんどい方法でした。自分の店のポリ容器に灯油を入れてトラックに載せて客の家に届ける訳です。ポリ容器って2つ蓋があると思うんですけど、僕の店のポリ容器の片方は蓋の変わりにノズルをつけていました。そしてそのノズルをお客さんのポリ容器の口に突き刺して移し変える訳です。

18リットル入りますからね。結構な重さになりますよ。慣れないうちは腕が重さでプルプル震えて先輩に笑われたものです。それでも1ヶ月もすると片手でヒョイってな感じになる訳ですよ。コツも覚えて力の入れどころと抜きどころが分ってきたんですね。

最初のうちは毎日筋肉痛だったのが徐々になくなっていきました。そして体も絞られていって今よりも15Kg近く軽かったですよ。本当に体が軽かった。

それでもアパートの最上階はしんどい。夕方に届けないといけない家とかは更にしんどい。用途にもよりますが、普通に暖房用で灯油を頼まれる家庭は大抵ポリ容器2つでした。両手に1つずつポリ容器を持ってお米を肩に乗せて最上階まで上ったこともあります。一番多いのは2つ頼む家庭でした。で、1つだけ頼まれることもよくあったのですが、1つ届けるよりも2つ届けるほうが楽だったりするんですよね。両手に同じ重さの物を持つ訳だから安定するんですね。心無い人が灯油を3つ頼んだりすることもしばしばありました。絶対一回じゃ届けれませんからね。

最上階まで上ってポリ容器を移し変える訳ですよ。そのときには息が上がってますから手もプルプルしたりするもんです。しかし慎重に移し変えねばなりません。灯油ってコンクリートの上にこぼしたら大変なことになるんですよ。ツルツル滑るしコンクリートだと染みが残ります。

店でこぼした時はヌカを巻いてました。ヌカに灯油を吸わせてキレイに掃くとアラ不思議。滑らなくなるんですね。米屋ですからヌカは腐るほどあります。パンチパーマの社長が「ヌカ打て、ヌカ」って言っていました。ヌカを打つと滑らなくはなるのですが、やっぱり染みは残ります。

なのでお客さんの家で注ぐときには十分注意が必要です。そしてそのお客さんが暴力団ならなおさらです。

配達地域には所謂、事務所があったんですよ。初めて配達に行った時なんて生きた心地がしませんでした。しかもその事務所。打ちっ放しのコンクリートなんです。こんなもの一滴でもこぼしたら湾の底です。そのままぶっ掛けられて僕で暖を取られるかも知れない。

それでも僕はその事務所に配達に行くのが嫌いではなかった。最初の何回かはドキドキしたのですが、慣れると気さくに話しかけてくれる人なんかもいたりして。あと、若頭風の人がいる時はお小遣いもくれましたよ。数年後、その道を通った時に事務所の前を見るとパトカーが大量に停まっているのを見て若頭の安否が心配でした。

まぁ、そんな訳で4階建も打ちっ放しのコンクリートも僕にかかればヒョイって感じになりました。でだ。ある日の朝、いつものように灯油を車に積み込んで出発する訳です。一件目は床屋さんです。バーバーです。

灯油1つです。朝市の仕事にしてはイージーだ。それは車の荷台から灯油を下ろした瞬間でした。戦場でアムロがシャーを感じた時のような「ピキーンッ!」を感じたんです。

僕は一瞬で悟った。体のどこかがどうにかなった。と。糸の切れたマリオネットのようにその場で膝から崩れ落ちました。体が動かない。強烈な痛みを感じながらも体の異変が気になって仕方がなかった。

とりあえず立つ努力をした。踏ん張りながらやっとのことで立ってみたものの体を支えるだけの力が入らない。

そのまま数分間休んで車の無線で体が動かなくなった旨を伝えた。無線の向こうのボス(社長の息子)は「とりあえず、灯油入れて戻って来い」と鬼のような指令を出す。僕は産まれて初めて自由を奪われた感覚を覚えながらも何とか灯油を移し変えた。そして店に帰った。

僕は再度体が動かなくなった旨を伝えた。ボスは「わしも昔、なったことがあるで。しばらく休んだら治るわい」ってな感じで完全に他人事だと言わんばかりに言い放つ。

しかし、僕はただ事ではないことを悟っていたので最寄の病院に行くことにした。病院に辿り着くと案外落ち着くもので何だか「助かった」ってな気分になりました。そして看護婦さんを目で追いながら頭の中では、めくるめく官能の世界に浸っていました。もうね。痛いのなんか忘れてガン見ですよ。僕は「ピキーンッ!」でニュータイプに覚醒しているかも知れませんから服が透けて見えないかと思いながらガン見するのです。

そしてレントゲン撮りました。例の光のパネルに写真をはめ込みますよね。それ見てすぐ分った。骨折れてる。真っ二つでしたよ。6番目だか7番目だか覚えていませんが兎に角ひどい有様でした。ついさっきまで一つの骨だったことが信じられないくらい真っ二つですよ。

首の骨が折れたら死ぬって聞いたことないですか?ないですか。そうですか。僕はある。銀紙を噛んだら背が伸びなくなる級のガセネタであることを身をもって学びましたよ。で、レントゲンを見ながら医者が説明をする訳なんですが、僕が説明を受けていると診察室に看護婦さんがワラワラと集まってくるのですよ。

多分あまりにもキレイに折れてるものだから見にきたんだろうと思います。僕はさっきまで視犯していた看護婦さん達に今度は僕の露になった首の骨を凝視される訳です。ニュータイプでない彼女達にも僕の首の骨が透けて見えたことでしょう。

何か妙に恥かしかったのを覚えています。でも、僕は超ド級のMなので快楽に浸りましたけどね。

で、鞭打ちの人が首に巻いているコルセットを渡されました。マジックテープで着脱可能です。それよりも以前に腕の骨を折った事があったんだけどその時はギプスをはめられて1~2ヶ月付けっ放しだったから臭いし痒いしで大変でした。それに比べると随分マシだ。

疲労骨折でした。医者の話では1ヶ月くらいで骨はくっつくだろうと言うことでした。

それから店に帰って報告をし、完治するまで休みをもらうことにしました。繁忙期も収束に向かっていたので少しは救われた。

僕は米屋はアルバイトながらもそれなりにやり甲斐を感じていたので一日でも早く復帰したいと思い毎日、牛乳飲んだり小魚食べたりしましたよ。1~2週間に一度病院に行くのですがその度にレントゲン。そして看護婦さんから視犯される日々が続きました。

だけれども1ヶ月が過ぎ、2ヶ月が過ぎ、と時間はどんどん流れて行きます。僕の骨はいっこうにくっつかない。病院は米屋の近くにあったので病院の帰りに寄って帰っていましたよ。

2ヶ月目のある日、ボスから事実上のクビを言い渡されました。まぁ、そりゃそうでしょう。春になってましたからね。もう灯油の配達はそれほどない時期です。他のアルバイターも居ましたから僕みたいなニュータイプのなりそこないは必要ない訳ですよ。

結局、半年近く通いましたが骨が完全にくっつくことはありませんでした。それに僕が行っても看護婦さん達が視犯してくれなくなったので通院するのをやめました。

それから、数年たって腰痛で病院に行ってレントゲンを撮る機会があったので、ついでにクビも撮ってもらいました。首の骨はキレイにくっついていました。

それにしてもダレだ。タイトルを「オメコ屋さん」って読んだのは。

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2008年5月18日 (日)

アオリイカ

ついに釣り上げた。

St320044

念願の春アオリです。

金曜の夜中に浜田へ行ったのですよ。そして写真を見てもらえばわかるように辺りは明るい。朝です。何時間も竿をしゃくりあげた成果がでたのでしょうか、神様からの贈り物でしょうか。見事キロアップを釣り上げることができました。

3週連続のチャレンジにしてやっとのこと手中に収めることが出来て喜びもひとしおでした。

いっぱい。おっぱい。なんて言っていましたよ。言わなかったけどこの際言ったことにしよう。

それは太陽が昇り始めた頃です。ついさっきまで辺りは漆黒の暗闇に包まれていたかを想像するのが難しいくらいの眩しい太陽が昇るころのことです。この世の中には希望しかないのかも知れないと錯覚するほど煌々と輝く太陽。僕のイカ釣りには"諦め"の選択肢は除外された。この世には希望しかない、竿をしゃくり続けよう。未だ見ぬ春アオリをこの手に入れるまでは。そんなことは思ってはいませんでしたが、その時はあっけなく訪れました。

突如としてリールを巻く手が重くなる。根掛かりとは明らかに違う。何かに引っ張られている。

イカか!

僕は瞬時に戦闘モードに切り替える。緩々のドラグが短く悲鳴を上げる。初めての経験に僕の胸は高鳴り、鼓動は早くなる。極度の緊張からかリールを巻く手はいつもよりも早い。アオリイカ独特のジェット噴射が僕の手元に伝わる。糸の先のエギに捕まる"ヤツ"の抵抗は僕のファイティングスピリッツを少しでもかき立てようとしているかのようだ。

リールを巻き続ける。そしてついに"ヤツ"の姿を目視することができた。海面で尚も抵抗する"ヤツ"は予想以上に大きく見えその姿に一気に興奮が高まった。そしてギャフを投入。

ギャフと言うのは釣ったイカを水面から引き上げるときに引っ掛けるツールで、イカの身に引っ掛けれるように鋭い針が数本飛び出す道具だ。フック船長の手の先のような引っ掛ける針が数本が纏まったものと思ってもらえれば良い。鋭い道具のため取り扱いには注意が必要だ。

本来、大きな魚を釣り上げた時には網ですくうものなのだが、イカの場合は何故かギャフを使う。先端部が網よりもコンパクトに纏めれるため機動性をあげるときに網よりも有利になるためであろう。しかし、このギャフの取り扱いが思ったよりも難しい。

ギャフを使うのは初めてではない。実は先週、同じ場所で甲イカを抜きあげるときに使用した。甲イカは重さはアオリイカよりも重く感じるのだが、アオリイカのように強烈なジェット噴射がないため釣り上げた時の感触に物足りないものを感じる。

しかし、この度は十二分に抵抗を見せるアオリイカに対して、初のギャフ投入だ。先週の甲イカのときに学んだことがある。イカにギャフの存在を確認させてはいけないと言う事だ。ギャフを確認したイカは水面でそれまで以上の抵抗を見せる。ジェット噴射を繰り返しギャフから逃れようとする。そのためイカの背後からギャフをそっと近付けて一気に突き刺すようにする。この度のアオリイカでは前回の甲イカで学んだ経験を生かす事ができたようで難なくギャフ入れを成功させることができた。

陸に上げて改めてイカの姿を確認。やはりデカイ。僕が今まで相手にしていた秋のアオリイカとは比べ物にならないくらいの大きさだ。

イカの眉間にナイフを入れて絞める。一瞬で体は白くなり、見事にイカを仕留める事ができた。

その後も海を観察がてらエギを投げてはしゃくるのだが反応はなし。

すぐ近くに巨大アオリイカの姿を目視することができたのだが、産卵のために接岸してきたイカのようで近くにエギを通しても見向きもしない。確認できただけで6杯のイカが見えた。

メス1に対してオス5と言ったところであろうか。人間社会とそう変わらない構図を見て、「オス!がんばれ!」と応援したい気持ちにもなった。

そんなことで僕のアオリ初釣り上げは終わった。

一人ではとてもじゃないが、食べきれないサイズだと判断したので実家に持って帰って美味しくいただきました。

釣ってよし、食べてよしのイカは僕を魅了して止まない。

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2008年5月16日 (金)

タイムスリップ

懐かしい人に会うとその頃の出来事を思い出し、忘れかけてた大切な何かを思い出すことができるような気がします。

GW中に中学校の時の同窓会なるものがありました。ありました、と言っても残念ながら僕は釣りに行っていたので参加することはできませんでした。

数年前にプチ同窓会があったのですが、その時には懐かしい面々と対面することができ、当時の思い出話に華を咲かせその瞬間だけは中学校の頃の無邪気な気持ちをほんの少し味わえたような気がします。

何より久々に見る顔が多かったので懐かしい気持ちと新鮮な気持ちが入り混じり少し複雑な状態になっていたのを覚えています。

人は何でも新しいものを欲しがるものです。新しい車、新しいPC、新しい出会い。新しいものには刺激があり、新鮮なものに触れることでドキドキ感を味わうことができるからに他ならないでしょう。

使い慣れた車やPC、気心の知れた人との関係には新鮮さを感じることは難しい。安心感を感じることはできるが、何か物足りなさを感じてしまう。

新しい"何か"は日常の安心感と言う食べ慣れた料理の鍋の中に放り込むちょっとしたスパイスとなる。人はいつでも平穏無事に日常を過ごすのを望むのと同時に刺激的な"何か"を求めている。

数年前に参加した同窓会では、安心感とスパイスを同時に味わうことができたような気がします。

中学校の時に一緒の学校で過ごした友達との再会にドキドキしたものです。そしていざ対面すると最初はぎこちないものの話をしているうちに安心感を感じる。

新しいんだけど古い。古いんだけど新しい。そんな不思議な空間が生まれていたような気がします。

今回のGW中にあった同窓会は釣りに没頭していたため参加できず仕舞いだったのが残念です。

などと思っていたら、先ほど親友のカッパくんから電話があり、同窓会に参加できなかったメンバーで更に同窓会をやると何だかよくわからない状態の集まりですがお呼びが掛かりました。

この連休中に感じたことなのですが、最近の思い出のでき方と子供のころのそれは異質のものではないかと思ってしまいました。

子供の頃の思い出と言えば日々をゆっくり過ごしているうちに勝手に思い出が作られていっていたような気がします。日常の安心感の中からも思い出が作られていたような気がします。そして何よりも"思い出"を作ることが目的で行動をしている場面は無かったように思います。

しかし、最近は思い出を作るために何かしらの行動を起こしたりしているような気がするのです。まるで心のアルバムに貼る写真を一枚でも増やそうとしているかのように、機械的に、作業的に思い出を作ろうとしているような気がします。

数年後の僕から見れば今現在の日常の一コマが思い出になっているかも知れません。そうであって欲しい。

僕は何か。大切な何かを忘れかけているような気がする

次回の同窓会の時には釣りの予定はいれないでおこうと思います。

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2008年5月15日 (木)

新幹線と関西と僕

今日は出張で尼崎。

久しぶりに乗る新幹線はいつもと勝手が違ってました
全席禁煙。喫煙ルームとやらがあるのですが2人入ると満員御礼でこんなとこまで喫煙者に対する隔離の手が及んだかと思うとなんとも窮屈な気持ちを感じながらも煙を燻らしました。

席に戻ろうと喫煙ルームを出て自動ドアの前に行くんですけど席に座れなくて立ってる人がいました。中に3~4才の子供を連れた親子。お父さんが子供に飲み物を手渡そうとしてたのですがそれがドアの入り口の真ん前でやりとりするもんだから僕は立往生。そのやりとりを眺めてたんだけど結構しつこいやりとりでしたよ。時間にして30秒くらいでしょうか。僕がせっかちなのか親子がサルなのかはわかりませんがイライラした。しかしそれだけじゃないんだ。そんなことだけだったらわざわざここに書いたりしない。まぁ、聞いてください。

親子の絆を見せ付けられながらも入り口をクリアし通路を席に向かい歩く。そこに新たなる防壁が。手押し車みたなので飲食物を売り歩く女の子が通路におられるんですよ。またとうせんぼですよ。

朝っぱらからコーヒーなぞを召し上がる中年サラリーマン。出がらし茶でも飲んでおけと言いたい。手押しの女の子が気をきかせてくれて手押し車を通路の端まで寄せてくれたから何とか通ることができて席に付くことができた。

3人掛けの席です。僕は通路側。真ん中に座ってた30もつれのメガネが僕の席のほうに頭を垂れて眠っておられるわ。仲良しホモカップルの出来上がりですわ。

そうこうしていると売り子が手押し車で僕の席の横にやってくる。通路を挟んだ不倫カップルみたいなのが朝っぱらからコーヒーですよ。○○○汁でも飲んでおけと言いたい。その間に通路を通ろうとした乳首真っ黒風でOL風の女のカバンが僕の顔面にヒットするでしょうが。

もうね。新幹線嫌い。

なんとか新幹線を降りて在来線に乗る。僕みたいなオノボリさんは右と左がわからないので尼崎までの行き方を聞きます。これからの生き方も聞きたいところだが駅員さんには荷が重すぎる。

そして電車に乗るんですけど大阪が終点の電車に乗ってしまいましたよ。

もうね。電車嫌い。電車ってか関西嫌い。

そして自分のことが嫌い。いや。嘘。大好き。大好きだよ。

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2008年5月 9日 (金)

指先で送る君へのメッセージ

「恋しちゃったんだ。多分気付いてないでしょう?」

のっけからトチ狂っているんですけど、今日のテーマは携帯メールです。

一昔前の連絡手段と言えば家の電話でした。それが携帯電話での会話を経て今では携帯でのメールが主な連絡手段と言う方も少なくないのではないでしょうか。

かく言う僕も知人との連絡手段は専ら携帯でのメールになることが多いです。最近では突然、携帯の電話が掛かってきたりすると「なぜメールじゃないんだ?僕がチンコ擦ってる最中だったらどうしてくれるんだ。なんて無粋な人なんだろう。」などと憤ることもしばしば。

便利になることは非常に好ましいことではありますが、便利になったが故の弊害も多々あります。携帯でのメールが相手との主な連絡手段になったが故に突然の携帯への電話着信に対してムッとすることもあるほどに便利になってしまったのでしょう。

携帯電話が普及したのは、そう昔のことではありません。歴史の浅い通信手段なのですが、こうも圧倒的な速さで進化をしたもんだから更なる進化を求めてしまう。

こんなことを言ってしまっては僕は誰かと連絡を取り合う資格がないのかも知れませんが、最近ではメールを打つのも面倒になってきてしまいました。由々しき問題ではありますが、便利さに慣れて更に良いものを期待してしまっているので仕方のないことのような気もするのです。

しかし、メールが面倒だと言うことにはそれだけの問題でもないような気もするのです。メールでのやりとりをされたことがある方なら共感してくださる方もいるかと思います。メールでは自分の意に介していない伝わり方をすることが間々あります。それは単純に相手の表情を見ることができないため微妙なニュアンスが伝わり難い、と言うこともありますが、前述のように"面倒なメール"と言うこともあり、細部を端折ってしまうことも原因の一端だと思われます。

それでも携帯でのメールが目新しい頃には今よりも少しは丁寧な文章を書いていたような気がします。そしてその頃は「なんでメールなの?電話で話したほうが早いじゃん。」などと思っていた方も多いのではないでしょうか。

単純に報告や連絡事項を伝えたいだけの場合は、メールほど便利な手段はないでしょう。相手がどんな状況にあるかをあまり気にせずに伝えたいことを送ることができます。

もしも、仕事などで会議中だったら?もしも、公共の乗り物での移動中だったら?もしも、車の運転中だったら?もしも、就寝中だったら?

電話を掛ける場合よりもメールのほうがそのようなことを気にせずに送ることができます。

そして「直接は言い難いからメールで・・・」と言う時にも便利だったりするのではないでしょうか。口にするのが照れくさいことでもメールだと案外簡単にできたりするものです。しかし、如何せん直接口で言うよりも効果は薄い。機械的に活字が並んでいるだけなので重要なことを伝えるのには希薄で簡素に捉えられてしまいます。

それよりも何よりも"簡単な作業"と言うことで文字の重みがなくなってしまっているような気がします。活字で思いを伝えることは不可能なのか?否。それは間違っている解釈かも知れません。

思いを込めた手書きの手紙だとどうでしょう。1文字の重みが全然違ってきます。それは何よりも"面倒な作業"と言うことで文字の重みが更に増すのではないでしょうか。

面倒な作業の中にはいろんな思いを込めることができるのかも知れません。メールでも手紙でも相手に自分の思いを伝えたいと願う気持ちは同じはずなのですが、作業自体の手間により相手に対しての伝達の度合いが違ってくるのかも知れません。

古来から恋文などと呼ばれる手紙などがあったように口で言い難い思いを活字に乗せて相手の心に届ける方法があったように文字に自分の思いを宿す事ができるような気がします。そして手紙の良いところは形として残ることではないでしょうか。声を発することが相手に対して思いを伝えるためには一番効果のある方法なのかも知れませんが、手紙に自分の気持ちをしたためて送ったものには自分の気持ちがいつまでも記録される。

僕はメールが面倒だと思っています。今よりも少し丁寧に打つことにより今よりも少しでも自分の思いを宿す事ができるかも知れないと思うと便利になったが故の面倒さも考えようによっては良いことなのかも知れないな。などと、とんちんかんなことを思ってしまいました。

次に僕の携帯が受信したキミからのメールは「面倒だな」と思いながらも、指先で送るキミへのメッセージは、まだ携帯でのメールが目新しかった頃のように丁寧に気持ちを乗せてみようと思う。

僕にはテレパシーとかを操る能力は多分ないだろうけど丁寧に気持ちを乗せたメールのやりとりで、いつか以心伝心できる日が来るかも知れない。

まぁ、そうなったらそうなったで「テレパシーめんどくせぇ」なんて言ってるのだろう。やっぱり僕は人との接触を絶ったほうが良いのかも知れない。

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2008年5月 7日 (水)

最終日の現実逃避

今日で大型連休も終わりです。

子供の頃、夏休みやその他の大型の連休が終わる時に妙に切ない気分になったのを思い出します。子供の頃は休みが一日でも長く続いて欲しいと思う気持ちがある反面、早く学校に行ってクラスメートと遊びたいと言う気持ちがあったものです。

しかし、社会人になってその気持ちは皆無です。次に来る大型連休が永遠に続く休みでも構わない、と思いながら休み明けのボケボケ感の中、仕事をすることになる訳です。

明日は、そんな気持ちになることは目に見えているのですが、今日のところは大型連休での出来事を大切な思い出にするべく書き綴ってみようかと思います。

前半は釣りに明け暮れました。寝ても醒めても釣り。それこそ寝る間も惜しんで釣りに興じていました。先日の日記にも記したように浜田へも行ってきました。翌日は岩国へ行き夜中までアジを釣っていました。過労で死ぬんじゃないかってくらいの勢いで釣りをしたもんだから下手したら仕事をするよりも疲れたのではないかと思います。

そして、後半は岡山は蒜山、鳥取は大山、境港と小旅行をして参りました。考えたらこの連休中で中国五県を巡った訳で、このような体験は二度とないのではないかと思います。

それぞれの行き先での出来事は、全部大切な思い出になるかとは思うのですが、中でも一番印象に残ったのは境港の水木しげるロードです。

訪れたのは朝の10時くらいだと言うのに人だらけで、半分くらいサクラなんじゃないかと思うほどの人混みでした。僕は人混みは苦手なのですが、水木しげるロードともなれば人の多さなど気にしている場合ではありません。

訪れたことがある人ならご存知かと思いますが、水木しげるロード内にはあちこりに小さな銅像があります。マンガに登場した妖怪の銅像があるのですが、それを見て周るだけでも結構楽しい。お馴染みの妖怪から初めて見る妖怪と飽きることなく一周を楽しむことができました。

中でも僕のお気に入りの妖怪。べとべとさん。
Betobetosan
水木しげるの手抜きとしか思えないデザインが何とも言えない。

妖怪と言えば、座敷童子や河童を連想します。どちらもあまり悪いイメージはありません。座敷童子が住んでいる家には幸福が訪れると言うし、河童はキューリ食ったりしてるだけだし、何と言っても岸部四郎だ。それとは反対に天狗などにはあまり良いイメージがない。鼻なんて巨根だし顔が赤いから鬼を連想してしまう。

人に寄って妖怪に対するイメージは違うことだろう。どちらにしても妖怪はイタズラはするけど、悪いものではないと言うイメージはあります。

前述のべとべとさん。イタズラと言うか何と言うか。ついてくるらしいです。暗い夜道を歩く人間の後をつけてくるのが、べとべとさんのイタズラです。つけられた人間には足音は聞こえる。そして何やら後ろに気配を感じるらしい。だけど、振り返ると誰もいない。後ろからつけてくるべとべとさんに「お先にどうぞ」って言うと足音も聞こえなくなり気配も感じなくなる。そのような妖怪らしいです。なんだかちょっぴりお茶目です。べとべとさん。

振り返ってもべとべとさんの姿は目視できないものだから写真のべとべとさんは水木しげるの創造したものであって本当のべとべとさんの姿ではないらしいです。

僕が夜道を歩く女性を見掛けると付いて行きたくなるのは、恐らくべとべとさんが憑依するからなんだろう。だから仕方がないことにしよう。

多分、僕は明日の朝起きれない。連休明け初日に遅刻ギリギリガールズで出社することになる。それは今日の就寝中に妖怪、枕返しが僕の枕をひっくり返しあげるから仕方がないことにしようかと思うのだがどうだろう。

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2008年5月 6日 (火)

もぎたての果実

連休中、浜田に行って来ました。

例年ならGWって言われてもガンダムウィングくらいしか思いつかないのですが、今回の休みは予定がテンコ盛りで大忙しでした。休みだと言うのに休む暇もないくらいに予定がチンコ盛り。

浜田へは2日に行って来ました。もちろんイカ釣り。

イカ釣りは昨年の秋から始めたばかりなので、このシーズンのイカ釣りは未経験です。このシーズンのイカは秋に釣れるイカよりも大きいサイズらしいのです。僕は期待に胸を膨らまして早朝から釣りに興じる。

結論から言うとボウズでした。7時~23時くらいまでの釣果はゼロでした。

アオリイカは一年しか生きられないらしいです。この時期、産卵のために深いところから浅場にやって来て産卵を終えたイカ達は立派に役目を果たし息絶えてしまうらしいです。そして産み付けられた新たなイカ達が育ち、秋になると浅いところにウヨウヨと姿を現します。そして秋が終わりに近づく頃に深い海に潜る訳です。そしてまた春になると産卵のために浅場にやってくる。春アオリは秋に見ていたサイズの2~3倍もあろうかと言うサイズになっているらしいです。平常時のソレと膨張時のナニくらいの違いがある訳です。

言うて見れば、高校の時、同じクラスだった恵ちゃんが夏休み中にひと夏の経験をして急に大人っぽくなってしまったようなもんだ。夏休み前まではキャピキャピして女の子、女の子していた彼女が、たった一ヶ月ちょっとの期間で女の子から女性へと変化し妙に冷めた感じで何だか世の中を悟ってしまったような態度になってたもんだからクラス中の男の間ではその話で持ちきりになってしまった。制服の着こなしも変わってしまい、スカートは短くなるし胸元も開き気味になったしお願いしたらフェラチオくらいしてくれるんじゃなかろうかと言うほどのフェロモンを惜しげも無く撒き散らしていた。もぎたての果実だ。なんだかよくわからんけど、そんな感じ。そんな中、時折見せる寂しそうな瞳からは哀愁を感じずにはいられなかった。恵ちゃんの操と無邪気な笑顔を同時に奪った大学生の彼氏が憎かった。僕が彼女の笑顔を。彼女が夏休みの中に置いてけぼりにしてしまった無邪気な笑顔を。僕が取り戻してあげたい。そしてフェラチオをしてもらうんだ。そう意気込んでみたものの僕は見てしまった。下校時に恵ちゃんが彼氏であろう大学生の運転する車に嬉しそうに飛び乗っていくのを。きっと恵みちゃんは笑顔を忘れてしまった訳でもなければ夏休みに何かを失った訳じゃない。本当に好きな人が出来たことによっていろんな苦悩ができたんだろう。何の悩みもなかった僕から見れば恵みちゃんの態度が冷めたものに見えたり寂しそうに見えたりしたのだと思う。彼氏の車に飛び乗る恵みちゃんの顔は夏休み前に見たあの無邪気な笑顔だった。

まぁ、あの後、恵ちゃんはカーセックスしたんだと思うんですけど、そんなことは今はどうでも良い。ともかくアオリイカが驚異的なスピードで成長する生命体であることは間違いない。

エギンガーにとっては春と秋は待ち通しい季節と言う訳です。秋のイカしか経験していない僕にとって春のイカは未知なる領域です。釣り方も異なるようで秋のように簡単に釣ることができないらしい。僕なんて釣り自体が初心者だからそう簡単に釣れないであろうことは用意に想像できます。

僕らが釣り場に着いた頃には朝日が昇りきって辺りは完全に明るくなっていた。最初に着いた漁港では先客がいて、既に何個かの墨跡がついていた。釣り上げられたイカが断末魔の思いで自分が生きた証を刻むかのように吐いた墨だ。イカには悪いがエギンガーは、それを見て次は自分がイカを釣り上げる番だと胸を躍らせる。

僕は昨年の秋に釣ったイカのことを思い出し、春アオリは秋よりも難易度が高いとは言われているが、なんだかんだで一杯くらいは釣れるものだと何の根拠もなく思っていた。

一般的に釣りをするのに良い時間帯とされている朝間詰めと夕間詰め、その時間は集中力が必要だ。日の出、日没が絡む時間帯には、魚の活性があがり釣れ易くなるとされている。

最初の釣り場探しに手古摺って朝間詰めは逃したものの夕間詰めには万全の状態で臨みたい。その時間帯までに狙いを定めた場所を確保しておきたい。そう思い一番最初に行った漁港に場所を確保した。夕日が傾きだし辺りにオレンジ色に包まれる。

Yuhi_2

一気に緊張感が高まり竿をしゃくる腕にも自然と力が入る。

太陽が隠れる頃になると、やはりなんだかんだで最後に一杯くらい釣れるものだと何の根拠もなく思っていた。

その考えは甘かった。結局、何回か移動した中で他の人が釣り上げるアオリイカを数杯見ただけで僕の春アオリ初挑戦は終わった。久々のボウズだったこともありショックではあったのだけど、妙に清々しい気持ちになった。

僕は、いつか手にするもぎたての果実を夢見て岐路に着いた。

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