噂と正義
僕らは正義を振りかざす。
贔屓目に見ても品行方正とは言いがたい僕たちであったが時には正義にも憧れる。
10代の頃、正義にもなりたがり、悪にもなりたがる僕らはどちらにも成りきれずに中途半端な正義をふりかざしながら悪事を働く。
僕たちのまちは表通りを歩いていると何人かの馴染みの顔と出くわすほどの小さな町だ。当時は、大型スーパーなどは今ほど多くなく小さな町の中に小さなスーパーや商店がひしめき合いながらも、それぞれが縄張りを守るかのように存在していた。生活圏内は今ほど広いものではなく、買い物と言えば近所のスーパーだった。
同じ生活圏内に暮らしている人の行いはすぐに町中に広まり、今よりも隣人に関心のある日々を送っていた。特に退屈な時間を持て余す僕たちの間で囁かれる噂は瞬く間に町中に広まる。
やれ、口裂け女だの、人面犬だの、トイレのお化けだのと都市伝説的なものもそうであったが、僕たちの間ではもっとリアリティのある話のほうが強く興味を惹いた。○○と△△がケンカして○○が勝っただの、××が新しいファミコンのソフトを持っているだの、体操着を着ている時の□□の胸はボインボイン揺れるだのと身近に感じられる話題にはすぐに飛びついた。
元々、リアリティの感じられない都市伝説的な話は元の話しとそう大きく変わることなく人から人へと伝わっていくものだが、身近な話しは人から人へと伝わるうちに枝葉が増え内容を変えどんどん大きな話しに発展しながら伝わっていく。時には全く根も葉もない偽りである噂が飛び交うこともある。○○は近所の8人の不良に絡まれ返り討ちにしただとか、××はファミコンのソフトを全種類持っているだとか、□□はサセ子だから頼めば誰にでもやらせてくれるだとか。話し自体は都市伝説のように真実とは異なる内容のものなのだが、登場人物がリアルに存在を確認できるだけに口裂け女だとかの話よりは興味深く、真実味があるように感じた。また現実と空想が絶妙なバランスで融合した噂ほど刺激的なものはなくそれらの伝染するスピードは他のどんな噂話よりも早かった。真実のような嘘、嘘のような真実、どちらとも取れるような話ほど面白いものはない。
僕らがルンペン・バスターズを結成したのもある噂が発端だった・
近所で見かける子汚い格好のおじさんが僕らがよく行くスーパーで肉を泥棒したらしい。おじさんの名前は便宜的にハットリとしておく。
ハットリの姿は僕らもよく見かけていた。ボロボロの作業服を着ており、元々の色は多分ベージュなんだけど汚れがひどくて真っ黒になっている。髪の毛は伸び放題で白髪交じりの長髪からは清潔感の欠片も見つけることができない。いつも台車にいっぱいのダンボールを積んでいて町を徘徊してはダンボールの数を増やすことに精を出していた。
ハットリが肉泥棒の狼藉を働いたらしい。それも1度ではなく2度、3度と何度も繰り返しているらしい。一度、店の人に追いかけられたことがあるらしい。逃げたハットリが曲がった先は袋小路。後ろから追いかけていた店員は追い詰めたことを確信し角を曲がったが、そこにはハットリの姿はなかった。そんな噂が僕らの前を駆け抜ける。
ハットリは許しておけない。僕らが町の秩序を守らなければ。義務感に駆り立てられたインチキな正義感を掲げハットリを懲らしめてやることにした。古今東西、悪いことをしたヤツは正義に懲らしめられるのが決まりだ。そして悪を懲らしめることにより、品行方正でない僕らでも正義を名乗ることが許される。
メンバーはいつものヤスとミツと僕。この度は助っ人としてヒラも加わった。まずは情報収集から始める。ハットリの住居はすぐに分かった。公民館の裏手にあるらしい。そこでハットリは何匹かの犬や猫と生活しているらしい。
僕らは早速ハットリの家やその周辺の偵察に向かう。公民館はあるのだが、家が見つからない。裏手に回り調べてみるが、どうにも見当たらない。そこには道沿いに、どこかの会社の資材置き場のような倉庫が立ち並ぶだけで家らしきものは見当たらない。
倉庫と倉庫の間に道がある。いや、道というよりも少し広めの隙間だ。僕らはその先を進む。辿りついた先には家、と言うよりも小屋があった。僕らの秘密基地を思わせるような粗末な建物で玄関がどこなのかもハッキリしなくて、窓ガラスはほとんどが割れていてダンボールで補強されたような状態だった。建物の周りには壊れた自転車やら革張りのソファーやらが散乱している。いかにもハットリが棲みそうな雰囲気の場所を発見し僕らの気持ちは昂る。
小屋の中の様子を伺うが、どうやらハットリは不在のようだ。ヤスとミツは大胆にも小屋の中に進入する。僕は外で見張りをしていた。小屋からは犬が吼えている声が聞こえる。しばらくしてヤスとミツが出てきた。僕らは偵察を追え任務に取り掛かる準備を始めた。
まずは爆竹。近所の駄菓子屋で1箱200円で購入する。結構な数の爆竹が入っており、僕たちがお祭り騒ぎをするときには欠かせないアイテムでもあった。それがこの度は悪を懲らしめるための正義の鉄槌となって役立つことになる。そして、消火器。これは近所にあるマンションなどから拝借したもので盗人をすることに少しばかし心が痛んだが正義に行いのためにには仕方のないことだと言い聞かせて盗人した。僕は見張りの役に立つかも知れないと思って双眼鏡を持って行った。
準備は整った。決戦は次の日曜日。僕らは悪を退治し正義になる日を心待ちにしながら決戦の日を待つ。
そして決戦の日。僕らは緊張の面持ちで集合し、ルンペン・バスターズを名乗りハットリの家を目指す。そして例の隙間を抜けハットリの小屋へ。様子を伺うがハットリは不在のようだ。ヤスとミツは小屋の中に突入。同時に犬の吼える声が聞こえ出す。中からは消火器をぶちまけている様子が伺える。ガラスの割れる音も聞こえた。そして小屋から出来てた2人と一緒に爆竹に箱ごと火を点ける。それを放り投げ爆音が響き渡る中、僕らは来た道を駆け足で戻る。倉庫と倉庫の間の隙間を抜けて道路に出た時に達成感は感じなかったが緊張からは開放された。
僕らは難なく任務を終え、その場を立ち去る。そこにジャージを着たおじさんが体操をしているような格好で立っている。僕らがジャージの横を通り抜けようとしたその時。ジャージが掴み掛かってきた。ヒラが羽交い絞めにされ身動きできない状態になってしまった。僕らは何がなんだか分からないまま立ち竦んでいた。「お前らどこの中学や!」と。ジャージが言い放つ。そして「おーい!こっちおったで、捕まえたで!」と。どうやらジャージには他にも仲間がいるらしい。
僕らは逃げなければ、と思うのだがヒラが囚われの身になってしまっているので逃げることもできない。その瞬間、ジャージに羽交い絞めにされたヒラが上着を滑らせ、するりとジャージの手から抜け出す。そして次の瞬間にダッシュ。僕らも後に続く。ジャージは追いかけてくることはなかった。
僕らは出来るだけ遠くに逃げたほうが良いと直感的に思い、高台にある中学校の下にある竹やぶまで走った。そこでしばらく身を隠すことにした。僕らはみな緊張から開放された安堵感から、大笑いし先ほど味わったばかりのスリルの興奮を思い出すかのように大声でゲラゲラと笑った。
しばらく身を隠し、竹やぶから抜け出す。そこでハットリの家の方を見てみるが、ハットリの家は倉庫に挟まれたようにあるので見えるはずもなかった。公民館の近くの川沿いに1台のパトカーが止まっているのが見えた。僕は双眼鏡でその辺りを覗いてみた。そこにはさっきのジャージがいた。あのジャージがパトカーを呼んだんだ。僕らは正義の行いをしたはずなのに警察に追われる身になってしまった。立ち尽くしてそれを眺めているとパトカーはその場から去った。何台かのバイク警官が残っていたが、それもすぐにいなくなった。
僕らは用心して2手に分かれて家路に着いた。
後日、噂で聞いたのだが、公民館ではなにやら法事だかお葬式だかをやっていたらしい。そこに爆発音が聞こえるもんだからジャージが公民館を飛び出してきて、ちょうど倉庫の隙間から脱げ出してきた僕らを捕まえたのだ。そして警察を呼んだ。
中学生が法事の会場に爆竹を放り込んで大暴れして逃げていった。そこへ警官がやってきて大捜索が行われた。そこにはパトカーが数台やってきて夜中まで捜索が行われたが中学生を捕まえることはできなかった。そんな噂がすぐに町に広まった。
噂するみんなはうすうす感付いていたはずだ。僕らが事件を起こした犯人であることを。
語られる噂の中での出来事が、事実でもなく真意でもなかったのだが、僕らはそれを訂正することはなかった。その噂が明日にでも新しい別の噂に上書きされて消えてしまうことを知っていたから。
僕は噂と正義ほど不確かなものはないと実感した。
僕らはルンペン・バスターズを結成するにあたって、ハットリに関する噂が真実であろうと、そうでなかろうとどっちでも構わなかった。
そして、最初から分かっていた、僕らが振りかざしたものが正義でないことを。
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