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2008年6月

2008年6月30日 (月)

醜さと共に

ドブネズミみたいに美しくなりたい、写真には移らない美しさがあるから。

アルバムをめくると小さい頃の写真は両親が撮ってくれたものがたくさんあってアルバムの中に所狭しと貼られているのだが、中学を卒業する時期くらいからの写真が極端に少ない。

どこか出かける時にもカメラを持ち歩く習性もなかったし、写真に残しておきたいような場面に出くわすこともなかった。それと単純に写真があまり好きではないと言うこともある。

何故、写真が好きではないのかと言うと自分の容姿があまり好きではないと言う事もあるが、写真から伝わるものは当然、見てくれだけで人柄や感情を残せるものではないと言う部分が大きいかも知れない。

僕が棲むアパートの同じ階の住人がどうやら引越しをするらしい。部屋の前にダンボールが積んであって、あとは車に詰め込むだけと言った感じで整理されている。

僕の住むアパートの住人は、ほとんどが一人住まいの人だろうけど結構規模の大きな建物なので住居人の数は多い。その割には不気味なくらい住居人と顔を合わせることがない。住みだしてから1年以上が経つが住人と顔を合わせることは、ほぼないに等しい。しかし例外があってダンボールが積んである部屋の住居人とは頻繁に顔を合わせる。アパートの前の自販機にジュースを買いに行く時、出勤、帰宅時、ゴミ出し時、と示し合わせたかのように廊下でバッタリとすれ違う。引っ越してきて初めて挨拶を交わした人でもある。

40代半ばくらいで背は低めで体系は、がっちりタイプ。ずんぐりむっくりと言った形容詞がしっくりくるような風袋で、長髪でもないのにいつも頭にはヘアバンドをつけている。そして部屋の前の廊下に置いてあるスポーティーな自転車で通勤している。少し色黒なんだけどそれは健康的なんだか不健康なんだか判断するのが難しい感じの色だ。

そんなヘアバンドと合う頻度が一番多いのは通勤の時。彼が自転車を押して廊下を歩いている時だ。僕はバイク通勤なのでボンバーマンよろしくヘルメットを被って部屋を出るのだが、ヘアバンドとボンバーマンが連なって歩く図はかなりのシュールさを放っているに違いない。

僕はヘアバンドに少なからず親近感を覚えていた。同じ建物に住んでいるからと言う以上の理由だ。ヘアバンドと10年後の僕を重ねていたのかも知れない。挨拶でしか会話をしたことがないので外見で判断したものなのだが、なぜか自分と同じ匂いがするような気がしていたのだ。

ある日の通勤時にまたヘアバンドとボンバーマンで連なってアパートを出た。そこには顔中血だらけで倒れている人がいた。車と自転車が衝突したようで自転車に乗っていた人は車に撥ね飛ばされて道路に倒れこんでいた。僕は動揺して何もできなかった。しかし、ヘアバンドは「大丈夫ですか?救急車呼びましょうか?」などと声を掛けていた。考えれば当然の行為だ。

しかし、僕は当然な行為ができずにたじろぐばかり。ヘアバンドと僕の決定的な違いを見せ付けられたような気がしてどうにもこうにも遣る瀬無かった。

それから数日後、僕はまたしてもヘアバンドを目撃した。休日の昼下がりに僕が一人で牛丼でも食べに行こうかとアパートを出た時のことだ。

ヘアバンドが車に乗っていた。スポーティーなオープンカーだ。あら?今日は自転車じゃないのね。などと思って見ていたのだが、ふと助手席を見るとバブル期を彷彿させるワンレングスでボディーコンシャスっぽいマブイスケが乗っている。

まさに美女と野獣と言った感じのカップルで、今にもカーセックスでも始めんばかりの勢いでいちゃついていた。僕は指を咥えて眺めながら圧倒的な敗北感を味わい苦汁をなめることしかできなかった。

なぜだ。どうしてだ。僕とヘアバンドにそれほどまでの違いがあると言うのか。確かに僕はイケてない。内面も外見もカスかも知れない。嫌いな言葉は努力だ。社会の底辺に所属する30代独身サラリーマンだ。それは認めよう。だが、それはヘアバンドも同じはず。僕と同じ匂い。加齢に伴う匂いと幸薄そうなオーラが漂っているではないか。これはもう僕のアパートの7不思議に数えられてもおかしくない由々しき問題だ。

他の6不思議は今から考えていくこととして、この1つ目の不思議は、どうにもこうにも納得できない。ヘアバンドは身形こそ、僕の10年後のような風貌だ。認めたくない。認めたくはないが、これはもはや内面的に大きな違いがあるからとしか理解しようがない。

僕はファッションには無頓着だ。女性ならまだしも外見を過剰に気にしている男を見ると幾ら格好良くても滑稽に見える。内側に自信がないから外側ばかりを磨くんだろうと思っていた。

そうだ。僕は意図的に外見を磨かないようにしていたのだ。内面に自信があるから外見を気にすることなんてない、なんて最もらしいまやかしの盾を用意して自分を磨くことを怠っていたのだ。

僕は決意した。外見も磨こう。もとい、外見くらいはマシになろう。まずは服からだ。

僕の所持するお金は「服を買う」ことを前提として計画を立てられてはいないので、そう大きな出費は出来ない。従ってアディダスやプーマなどの一流ブランドは買うことは許されない。早速、ユニクロに行く。

シマシマの服を4枚買った。全部で2000円だった。さすがユニクロ。良いものを安く手に入れることができた。これは部屋着には持って来いだ。意気揚々と自宅に帰って早速試着した。黒白のシマシマと紅白のシマシマだ。これでいつ収監されることになっても大丈夫。一安心。と言ったところで、その夜は枕を涙で濡らして眠りに就いた。

やはり僕には無理なのか。外見を磨くことなんて無理なんだ。内面を成長させるなんてもっての他だ。僕のような底辺の底に敷かれるようなカスが希望を持つのなんてバカげてる。夢を語るのはおこがましい。来世に期待するくらいしかできないや。

僕は外も内もドブネズミだ。

こんな話がある。

FFXってゲームにユウナレスカとかって妙にセクシーな人が出てくるんだけど、それが強いのなんのって。中ボスよ。まぁ、その人を倒さないと話が先に進まないって感じなのですよ。そのセクシーがオーバーデスとか何とかって言う黒魔法を浴びせかけれくるのよ。それって体力がいくらあろうともまともに喰らったら一撃であの世行きと言ったご機嫌な魔術なんだけど、まぁ、このゲームって全滅することなんてあまりないのね。昨日の夜、眠い目をチンコを擦った手で擦りながらもユウナレスカと対決してたんですよ。そしたらユウナレスカの野郎が前述のオーバーデスをやらかしてくる訳ですよ。うん。全滅した。コントローラーをユウナレスカに向かって投げつけてやったよ。

まぁ、今回の件とは容赦無さ過ぎるほど関係ないわな。ビックリした?

そんな感じでヘアバンドの部屋の前のダンボールは着々と減っていってるんだけど、部屋の前に自転車置くわダンボール置くわでヘアバンドも自分のことしか考えてねぇんだな、餞別でシマシマの服を置いといてやろうか、などと思いながら今日も帰宅する。

僕が写真を嫌う理由は外見の悪さを残すのが嫌だったのではないのかも知れない。内面の醜さを映し出されて見透かされてしまうのが怖かったのかも知れない。

僕の記録などには何の価値もない。

誰か僕にオーバーデスをぶちかましてくれまいか。

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2008年6月25日 (水)

誰かの気持ちが届く頃

手紙からはいろんな声が聞こえてくるような気がします。それが手書きの手紙ならば尚更なのですが、機械的な文字で印字されたものでも思いを感じ取ることができることもあります。

いろんな手紙があることでしょう。連絡の手紙、報告の手紙、悲しみの手紙、喜びの手紙。"手"で書く"紙"だから手紙なのか、"手"に取る"紙"だから手紙なのかはわかりませんが、どちらにしても手に触れることで、携帯やパソコンのディスプレイに映し出される文字からは感じ取ることができない思いを受け取ることができるのかも知れません。届いた手紙からは文字以外の何かを受け取ることもあります。

誰かの気持ちが届く頃、僕はポストの前でそっと笑みをこぼす。

僕が今の家に住みだして1年以上が経ちました。住めば都と言いますが、僕にとってはこの家は住みだした当初から都みたいなもんでした。それまで住んでた部屋よりも随分広いし、閑静な住宅街と言う訳でもないのに夜は静かときたもんだ。

ただひとつ気になったことと言えばキッチンの流しの上にある物置がベトベトしていたことくらいだ。何層もの油が固まったものがべっとりと付いている。根拠はないが前の住人はえらく長い間、この部屋に住んだのだろうことを連想する。やはり前の住人もこの部屋が気に入っていたのであろう。

僕は小学校1年生の時に始めての引越しを経験した。父の仕事の都合で大阪に引っ越すことになったのです。もっとも1年後には広島に舞い戻ったのだが。

小学校1年生で引っ越して2年生で舞い戻り、引っ越す前と同じ小学校で同じクラスになると言う貴重な経験をした。

しかし、当然舞い戻ってからは引っ越す前とは違う家に住むことになりました。今も両親はその家に住んでいるので、僕の実家と言うことになる。その家は辺鄙なところにあり、車で入ってくるには近隣住民でもちょっとした苦労を味わうような場所にあり、その代わりと言うか、そのお陰で夜中にもなると車の走る音などは皆無で、聞こえる物音と言えば虫の鳴く声くらいなもので、季節を問わず情緒を感じられるような家だった。

小学校1年生で大阪に引っ越すことが決まった時、物凄く嫌でした。その理由はその少し前に、懸賞に応募したものが当選して僕の手元に届くことを信じてやまなかったからです。

この時、僕は初めて自分のお金で切手を買って母親に応募ハガキの必要事項を書いてもらってハガキをポストに投函しました。何やらおもちゃが当たる的なものだったと思うのですが、幸せな思考回路を擁する僕は懸賞とは「アタリ」とか「ハズレ」とか言った類のものではなく「トドク」ものだと思っていたのです。

おもちゃが「トドク」前に引越してしまうことが心残りで仕方がなかった。大阪に引っ越してからも僕の前の家におもちゃが届いているのではないかと気になって気になって大阪に住んでいた時の記憶は「広島の家に僕のおもちゃが届く」と言ったことを考えていたことばかりだ。

そうこうしているうちに広島に舞い戻ることが決まった。僕は胸が高鳴った。僕が広島に戻りさえすれば、おもちゃが僕の元に届くことを信じていたからだ。

残念ながら僕のおもちゃが届くことはなかったのだが、僕の今、住んでいる家の僕の部屋の郵便受けに僕宛てでない手紙が届くことがある。

前にこの部屋に住んでいた住人宛なんだろう。その手紙を見て、僕は小学生の時に応募した懸賞のことを思いだす。僕が引っ越した後に元僕の家の新住人が僕宛てに届いた懸賞のおもちゃを受け取ったかも知れない。僕と同じくらいの年頃の子供がいたらさぞ喜んだことだろう。また、子供がいなかったとしても僕があの家に住んでいるころによく遊んだタァくんあたりにおもちゃをあげたかも知れない。そんなことに思いを馳せながら僕の部屋宛に届く僕宛ではない手紙を見つめる。

保険の案内。スキー用品店からのDM。飲み屋の挨拶状。何かの案内状のようなものが多いのだが、察するに前の住人は僕と同じくらいの年の人ではないかと思う。見知らぬ前の住人の生活を想像しながら少し親近感を覚えながらキッチンに幾重にも重なった油を眺めると、赴きがあるもので何故だか笑みがこぼれてしまう。

そして今日もポストを空けると僕宛ではない手紙が一葉。

「あきらめるのはコレを試してからでも遅くない!」

そこにはスッポンエキスを含んだ栄養補助食品の案内であった。

僕は前の住人に親近感を覚えながらまた笑みをこぼした。

宛名に書かれた人物にスッポンエキスの案内を届けることの出来なかった手紙は、僕にそっとこぼれる笑みを届けてくれた。

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2008年6月17日 (火)

スタイリッシュが止まらない

髪が切りたぁぁぁあい!

そんな訳で梅雨入りも宣言されたことだし、髪を切る宣言をしたって言いじゃないか、と言わんばかりに髪切り宣言をした訳なのです。

恐らく大抵の人は髪を切りに行く店って決まっているのではないでしょうか。僕は複数の行き付けの店があります。

何故、複数の店かと言いますと、止むに止まれぬ事情があるのです。

僕は予約をするシステムが苦手なのです。拘束される時間が決まってしまうのが何だかやる瀬ないのです。

最近の散髪屋さんと言えば予約などをして行くのが常識になっているようで、アポ無しで行こうものなら1時間、2時間待ちはザラで門前払いにされることもしばしばあります。

時間は有限なんだ。こんなことで時間を独占されてたまるか、って勢いで予約せずにアポ無しで行って1~2時間待つ。「時間を大切にする」と言う観点からすれば矛盾するかも知れないが、前もって拘束されることが決定されてしまうよりも幾分気が楽だったりするのです。

何よりも髪を切るってだけで予約なんてものをするのが煩わしい。髪なんて切らなくったって死ぬ訳でもない。そんなことに対して何日も前から「この日のこの時間に髪を切りに行く」なんて決めておくのは嫌だ。それこそアポなしで踏み込んで道場破り的に「頼もうぉ!髪が伸びたので切ってくれ!」って勢いで入りたいもんですよ。

そりゃね。僕かて病院なんかの予約するシステムには従いますよ。あれはあれで予約していた時間に順番が回ってこなかったりするけど、それは仕方がない。あんなのアポなしで踏み込んで道場破り的に「頼もうぉ!チンコの皮が余ってるから切ってくれ!」って勢いで入っていっても病院も困るし僕だって心の準備が必要だ。

僕なんて落ち武者みたいなもんですから「髪が切りたぁぁぁい!」なんて思うのは3ヶ月に一度有るか無いかなので1度の切りたいと願う思いを逃したら次に切りたいと思うのが3ヶ月後になるもんだから最後に髪を切ってから次に切るまでに半年間掛かってしまうと言った事態にも陥りかねませんので切りたいと思った時に切っておかなければなりません。

そうとは言え、切りたい衝動は突然やってくるので「次の日曜日に切りに行く予約をしておこう」なんて芸当はできません。切りたいと思った時にすぐに散髪屋へ向かうのです。そしてそこで満員御礼だった場合にでも複数の行きつけの店があるもんだから次の店へと行くことが出来る訳です。

僕なんてファッションと言えばマッサージくらいしか連想するものがないほどオシャレとは無縁の出で立ちをしておりますので、髪型なんてどうだって良いのですが、ボサボサでむさ苦しいのは頂けない。キモさが増すのは宜しくないと言った面持ちで髪を切るのです。どの店に行っても大抵お任せで切ってもらうのです。切り手の気紛れでその後の僕の3ヶ月間の髪型が決まる訳です。

「お任せ」と言えども元々の原型を加味した形で切ってくれるもので、毎回同じような髪型になってます。いつも同じくらいの長さで3ヶ月後にボサボサになるくらいの長さに切ってもらっています。

僕だって若い時分には冒険したい年頃だったりしたこともありました。毎回同じ髪型は懲り懲りだ。そんなことを思って冒険をしたこともあります。

僕がいつも一番目に行っていた散髪屋は日曜日にもなると大繁盛で予約をせずに行った場合は週刊誌を2~3冊読めるくらいの時間は待たないと髪を切る事は叶いません。

例の如く僕は予約もせずに行くのですが、待つのが苦手なためいつもならば、その店で切るのを諦めて他の店に行くくらいの客が待っていたのですが、その日の僕は少し違っていた。

待とう。

何故ならば僕は髪型を変えるんだ。変身するんだ。と、意気込んでいたからです。その店は、僕のようなSAMURAIが行きつけの店にするには相応しくなくオシャレ関係な店でした。理容院なのにシャンプーは美容院のように仰向けになってやるやつだったし、店の名前も横文字だ。

僕の行きつけの他の店は店主の名字から取ったであろう店名で、洗髪もシャンプー台に向けて前のめりに頭部を突っ込んでやるタイプのものだった。まるでギロチンで首を切り落とされるのを待っている罪人の心境かのような気持ちを疑似体験できる洗髪スタイルには趣があって良いのだがHey!Say!Jump!とかはこの洗髪台を知らなさそうだ。例の足元のレバーで上下させることの出来るハイテクな椅子も電気椅子のように思えるのが不思議だが昭和の香りが強い。

高い技術を持っていることは確かなのだが、漢(おとこ)と書いておしゃれと読みそうな店主に切ってもらうには、この度の僕の大冒険、大変身を成し遂げるには少し心細い。床屋で大冒険と言えば精々、アイロンパーマをかけて刑事ものとかヤクザもののドラマによく出てくる寺島なんとかみたいな髪型にしてもらうくらいが関の山だ。

その日の僕が求めていたのは、そう言った男闘呼組みたいなものじゃなくって、もっとスタイリッシュなものを欲していた。C-C-Bのドラムの人みたいな軽さが欲しかったんだ。

そんな訳であの日。僕は自分の髪型を変えるべく1時間半待った。

僕は待っている間、ヘアカタログ的なファッション誌を眺める。この髪型も良いな。とか、この髪型は毎日のセットが大変そうだな。とか、格好良くなり過ぎて女の子にモテモテになったらどうしよう。とか。チンコの皮も切ってもらえるかな。とか。店を出る時に変身した自分を想像しながらヘアカタログを食い入るように見る。

僕はそれまでは「お任せ」ながらも、いつも同じくらいの長さを保って切ってもらうようにしていた。それがこの度の大変身を遂げるには長さが邪魔に感じた。

当時ワールドカップをやっててベッカムの髪型が流行っていた時期だった。あのニワトリみたいなやつ。僕は冒険はしたかったが、流行っている髪形にするのでは冒険にならないと判断しベッカムは無しだな、などと思っていました。それにニワトリみたいなのはいくら冒険したいからと言ってもそうそうできるものではありません。冒険に出たは良いけど遭難した、って感じになることは間違いない。

流行を追いかけるってことは幾ら奇抜な格好をしようが冒険にはならない。誰でも出来ることは他の人に任せる。僕は僕にしか出来ないことをやりたいんだ。夏休みになると近所のコンビニにアイスでも買いに行くかの如く軽い足取りで大冒険するのび太のようになりたいんだ。マッタク意味がわからんけど。

そしていよいよ僕の番。例の足元のレバーで上げ下げできる椅子に乗るのです。床屋のそれとは違い椅子まで細身でおしゃれなシルエットです。そして洗髪を済ませオーダーをするのです。いつもならばここで「男闘呼前にしてください」とだけ頼むのだが、その日は事細かに頼んだ。ヘアカタログを持って「こんなにしてください」と頼んだ。いつもよりも随分短めな髪型だ。理容師は僕が冒険したい頃なんだと理解してくれたようでアイコンタクトで声にならない言葉を交わす。

理容師は今まさに飛び立とうとしている僕を感慨深そうに眺め、僕の髪に自慢のハサミを入れる。

僕は初めてのオーダーに緊張しながらも自分の意志を正確に伝えられたことに満足し、あとは信頼の置ける理容師に任せることにし、まな板の上の鯉ヨロシクおとなしく事の成り行きを見守った。

1時間後。理容師は自分の腕に酔いしれるかのように丁寧に僕の頭をセットする。ドライヤーの温風を利用して僕の髪を中央部分に集めている。

鏡に移っているのはニワトリヘアーの僕。ベッカムもどきの髪型になった僕。ちょっと泣きそうになっている僕。

理容師は満面の笑みで店を送り出してくれた。

そのトサカ事件があって以来、僕は髪型冒険家を目指すのは辞めた。ボサボサになるまで伸ばして鬱陶しくなったら長さを変えるだけ。それが僕にとっての散髪だった。

髪なんて伸び放題でも死にはしない。なんだったら自分で切ったて良い。そもそも予約をしないと髪が切れないなんてバカバカしい。チンコの皮だって切らなくても良いくらいなんだから髪なんかどうだって良い。

そう思うようになって髪を切りたいと思う回数もめっきり減って散髪屋に向かう足は遠のいた。

僕はもう、1年近く髪を切る店に行っていません。しかし、ボサボサ度はいつも同じくらい。

何故かって言うとチーが髪を切ってくれるからだ。チーは髪を切る忍法の使い手なので僕は店に行かずとも野武士スタイルを保っていれる訳です。

髪が切りたぁぁぁあい!

そう思ったのですが、数年前のトサカ事件を経て2008年夏。僕はまたスタイリッシュを欲している。

何故?また失敗したらどうするの?などと不安は過ぎるが、そう思うのには、止むに止まれぬ事情があるのです。

地球と言う星の時間の中で歴史上に登場した生命体の中では、進化の極みに最も近いところまで辿り着いた感のある人類ですら乗り越えられなかった壁。

この先、いくら科学が進歩しようとも成しえることはないだろう。いや、成しえてはならない。

それは『死』を超越することに他ならない。

遥か古の時代から時の権力者が手に入れようとしたであろう不老不死の体。それはどんなに富めようともどんなに名声を得ようとも決して手に入れることは叶わなかった。

全ての始まりには終わりがあるように、全てのいきとしいけるものにやがては死が訪れる。それはまるで全ての生命の安息の地は『死』であるのかと錯覚してしまうほどに、生命が誕生したと同時に約束される。

例外はない。命はやがて果てる。

そして今、僕の時計も刻々と時を刻み続けている。そう。時の流れに抗うことなく終焉へと向かっている。美しいフィナーレを迎えるために、生きた証を刻み付けるために、僕は最後になるかも知れない変身を望む。残された幾ばくかの時間を無駄にしてはならない。

そう。僕の頭髪には、もう時間がない。

髪が切りたぁぁぁあい!

こうアッピールしておくとチーが僕の髪を切りにやってきてくれるはずだ。

予約は必要Nothing。

C-C-Bみたいにスタイリッシュに頼む。

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2008年6月10日 (火)

プカプカ

流れるプールが大好きだった。

流れに任せてどこまでもどこまでも流れていく。流れに身を委ねてプカプカと浮かんでいる。動いてはいるんだけど前進しているのやら、はたまた後退しているのやら。ただただプカプカと浮かんでいる。急速に流れていく時間の中で緩やかに穏やかにただただ流れる。

子供の頃、夏と言えばプール、プールと言えば夏だった。プールは最高の遊び場で僕の心を掴んだっきり離してはくれなかった。

夏が近付くと学校でも体育の授業がプールに成り代り、授業を受けているのだか遊んでいるのだか分らない時間を過ごしていた。

色のついたタイルのようなものを先生がプールに投げ込んだのを、まるでフリスビーを必死に追いかける犬のように僕達はプールに潜りタイルを拾い集めて先生に持っていくことに命を掛けた。25mのタイムを計る時には泳ぎ方を知らない僕は犬掻きでゴールした。あまりにも好タイムだったので先生もビックリしていた。学校の授業の中
においてのプールの時間と言うのは遊びの時間以外の何ものでもなかった。

強く印象に残っているのは、マントみたいなタオルを見につけて着替えをする点
だろうか。子供とは言え1つの教室に男女入り乱れての着替えは今考えるとかな
り刺激的だ。小学校5年生くらいになると胸の膨らみ始めた女子もいただろうに、
僕ときたらそんなことにも目もくれずに一刻も早く水着に着替えてプールに飛び
込むことを最優先としていた。

僕らの小学校ではプールの授業がある日は体温を測って記録を付けて学校に持っていかないといけなかった。少々、熱があろうともプールに入りたくてしかたがなかったので改竄した記録を提出したものだ。

プールに入る前に浸かる消毒液の混入された風呂。目を洗うために二股になってて噴出口が上を向いた不思議な形の水道。25m×15mのプールを見渡すには余りありすぎて逆に見にくいだろうと言いたくなる様な、ライフガードの人が座るような高い椅子。照り付く太陽に焦がされたプールサイドのコンクリート。

どれもプールには必需品で、学校のプールだけでなく僕らがよく行っていた広島の町の真ん中にあるお金を払って入るプールにも設置されていた。

お金を払うだけあって施設は充実したものだった。大きな滑り台。子供では背が届かない深さのプール。その中でも僕らを一際魅了するプール。それが、流れるプールだ。

僕らは夏休みになると少ないお小遣いを掻き集めてこぞって行ったものだ。当然、学区外にあたるところにある訳なのだが、そんなことはお構いなしだった。お金がなさ過ぎて帰りは徒歩で帰らなければならないことが分っている時もウキウキしてプールに行ったもんだ。何よりも今が大事だった。あとになって待ち受ける困難に備えるより
も今を楽しく過ごすことが何よりも大事だった。

流れるプールでただただ浮かんでグルグル回る。たまに流れとは逆方向に進んでみたり、流れが微妙に速いところで踏ん張って停まってみたりと、今考えると何が楽しかったのかわからないようなことに全力を注いでいた。

逆方向に進むのは迷惑極まりない行為だったに違いない。人と違うことをやるのが好きだった僕にとって、みんなが同じ方向に進んでいるのが受入れられなかったのかも知れない。

流れるプールはどこかしらで水に流れをつけるための力が必要になる。そこの流れるプールは形は円形状になっているのだが、途中で2本に分かれていた。そしてその2本がプールのほぼ真ん中の辺りで1本に結合する。

その結合部分に水流を付けるための排出口があった。当然、その場所は他の場所よりも流れが強くなる。僕らはそこに目をつけた。水流を付けるためにある排出口の真上のプールサイドに行く訳だ。そこから入水すると物凄い勢いで流されて行く。それに快感を覚えた僕達サル子は何度も何度も同じことを繰り返した。プールサイドにしがみついてい何とか流されまいと踏ん張ってみたりと言った具合に新しい楽しみを見つける。

そんなことに全身全霊を捧げて楽しむことの亡者のように過ごした小学生。純粋だった。穢れを知らないサル子だった。

そんなことに純粋に楽しめたのも小学生までだった。中学校になると体育の授業のプールの時間は面倒なばかりで全然楽しみではなくなっていた。今度はプールに入りたくないが故に母に頼んで書いてもらう「体育は休ませてください」と記録されたものを提出することになる。

夏と言えばプールと言う合言葉は消え失せて、花火やキャンプと言った他の遊びが主役になりつつあった。

無料入場券。

タケがそれを持って来た。僕らが小学生の時に何よりも楽しみにしていたプールの無料入場券だった。4枚あった。4人の友達を誘って早速プールへGo。

小学生の時に「大きくなったら流れるプールになりたい!」と言わしめた流れるプールだったが、中学生になって他の楽しみをたくさん見つけた僕達にとってはとてもじゃないけど刺激的なものではなくなっていた。

それでも何の気なしに流れるプールの流れに身を委ねる。

退屈だ。小学生の時には心が躍った流れるプールだったがあまりにも退屈。流れるプールはガキの遊び場だ。流れのきついところで踏ん張ることもなければ、逆方向に進むことも辞めた僕にとっては流れるプールは詰まらないものに成り果てていた。

僕らは中学生になったんだから少し大人の仲間入りだ。アクティブに行動したい年頃の僕達は小学生の時には足が届かなかった深いプールに行く。

そこにも僕達の追い求めているものはなかった。

僕らの間には「プールは楽しくない」と言う気持ちが植えつけられようとしていた。

プールサイドで日陰になっているところに腰を下ろす。何の気なしにボーっとする。

「あの、おばさん胸デカイな」

タケがポツリと呟く。

僕らのテンションが一気に臨界点に達した事は言うまでもない。それからと言うもの、プールそっちのけで胸のデカイ女性を探すことにやっきになった。低年齢用プールで遊んでいる若奥さんの白い水着から陰毛が透けているのを発見した時にはプールに
来て本当に良かったと心の底から思い、この世に生を受けたことを神に感謝し、
これまでの数々の悪事を懺悔したい気持ちになった。

僕らが追い求めているものは不純なものだったのかも知れないが、僕らを突き動かすものは「デカイおパイが見たい」と言う穢れの知らない純心無垢な願いだけだった。

中学生と言えば、性欲のおばけに憑依されている年代だ。それこそチンコが萎んでる暇がないくらいいきり立ったもんだ。朝立ちしなかった日はなかったし、学校の授業中に居眠りから目覚めた時などはいきり立ったものを抑えるのに必死だった。僕はポッケに手を入れて手で抑えていた。男なら誰でも経験があるはずだ。

いつもチンコが怒っているような状態だ。何にぶちまけて良いのかわからない欲望が渦を巻く。僕は今まで生きてきてあの頃ほど大きな欲望を内に秘めていた時期はないのではないだろうかと思う。

今の環境と違ってエロティックなものを目にする機会は極端に少なかった。インターネットが普及することにより自宅にいながら手軽にエロティックなものを目にすることができる。僕が中学生時分にそんな環境だったら引き篭もっているかも知れない。だって家にいながらエロ見れるんだもん。橋の下や廃屋に忍び込んでエロ本探さなくて良いんなら引き篭もってチンコ擦ってばかりいますよ。

思春期の男児ってのは常にエロスだ。動機は全て女の子にもてたいから、と言っても過言ではない。オシャレをするのもスポーツするのも勉強するのも全ての原動力は突き詰めて行けばエロスに到達することは想像するにはあまりにも容易い。

何を見てもエロスなことを連想してしまう。「多感な時期」と言われている年代だが、なんのことはない。一枚皮を剥いだらエロスしか詰まってない。アルファベットのABCとかWXYとかを見てもエロいことに結びつけられる。英語の授業の時に「6」を英語で発するとそれこそ「ウケケケケ」となったもんだ。

それほどまでに中学生男児とは性欲の権化なのだ。

そんな思いを内に秘めた僕達の欲望は更なる刺激を求める。

「流れの強いところに行こう」
それを考えたのはタケだった。例の流れの強いところに陣取る。そこからプールに浸かると流れるプールの原動力となっている水流に体が押され凄い勢いで流されることになる。言ってみれば僕らは弾丸だ。いや、ミサイルだ。ミサイルと化した僕らの目指す先には水着の女子が。そこに神風よろしく特攻を駆ける訳だ。我意に介せず、「流れに身を委ねていたら僕の体がキミの体に当たっちゃった」と言わんばかりに女子のバディーに接触する。運が良ければおパイくらいに当たれるかも知れない。チャンスは一瞬だ。

そこに中学生とおぼしき4名の女子が現れる。タケが突撃する。エロミサイルと化したタケが女子の集団に突撃する。女子に届く頃にはエロミサイルの勢いもおじいちゃんのオシッコくらいの勢いくらいになっていて衝突による危険は伴わない。しかし、勢いがないもんだから我意に介せず的な接触は難しい。

失敗する度に僕らは、女子の体に接触しなければならないような使命感に駆り立てられていった。そしてついに我々は意に介す作戦を決行することにした。

もう、4人いっぺんに流れに乗って女子に特攻して花と散ろう。自然の流れで当
たりました的な演出は不要だ。そう言った結論に達した僕達は流れてくる女子達
に4人で特攻することにした。

僕らはジャングルの野獣のように鋭い眼差しで獲物を探す。そこにタケが最初に特攻をしかけた4人の女子中学生が来た。我々は意に介す作戦を決行する時がやってき
たようだ。僕らは次々とプールへ飛び込む。そして流れに身を任せながらも女子
目掛けて特攻をかける。

女子に届く頃には勢いはおじいちゃんのおしっこくらいになってるんだけど、そんなのことはこの際関係ない。流れに身を任せてたら女子のほうに向かっていったんだから仕方がない、なんて言い訳などはいらない。

僕達は女人の体に接触したい。何も足さない、何も引かない。
女性に触れたい。それだけが望みだ。

その願いが天に届いたのかは知らないが、どう見ても不自然な体制からついに女子の体への接触を成功させることができた。もう水流の強いところから飛び込まなくても良いじゃんってくらいの勢いしかなかった。

どこに当たったのかもわからないくらいのソフトタッチで何だったら一緒に特攻した4人のうちの誰かに触れただけかも知れない。だけど、女子に触れる機会と言えばフォークダンスの時に指先をひっかけるだけのような触れ合いしかなかった僕にとっての興奮度はかなりのものだった。

その出来事は多感と書いてエロスと読む時期の淡い思い出として僕の記憶領域に
深く刻み込まれた。

流れるプールが大好きだった。

僕達の時間は流れるプールのように一方向に進んでく。時間の流れの中では立ち止まることも逆方向に進むこともできない。流れの弱いところで立ち止まってしまうこともあるかも知れないが、それでもやはり進んでいる。流れの強いところに足を踏み入れて激流に飲み込まれることもあるかも知れないが、それでもやはり進む方向は一緒。

僕はチンコばかり立てていた中学生の頃に大人になり始めたんだ。流れに逆らおうと思うことが少なくなっていった。いつも流れに身を委ねていた。あの頃のように何にでも反発して流れに逆らおうと踏ん張ることがなくなったような気がする。今日のことよりも明日のことを考えることが多くなったんだろうか。

一方向にしか進めない時間の流れが、流れるプールのように僕達にとって優しいものだったら踏ん張ってその場に立ち止まることも逆らって逆方向に進むこともできたかも知れないのに。時間の流れには情け容赦はない。

流れに任せてどこまでもどこまでも流れていく。流れに身を委ねてプカプカと浮かんでいる。動いてはいるんだけど前進しているのやら、はたまた後退しているのやら。ただただプカプカと浮かんでいる。急速に流れていく時間の中で緩やかに穏やかにただただ流れる。

振り返ったらあそこに僕がいる。
ほら。あの流れの強くなっているとこ。

こうやって過ぎた時間を振り返って、その時の出来事を懐かしんだり愛おしんだりさせてくれるために時間は一方向にしか流れていないのかも知れない。そう思うと先のことを不安に思う気持ちが和らぎ、今を大切に思う気持ちが湧き上がる。

また流れるプールに身を委ねてプカプカと浮かんでみたいな、と思うのでした。

おパイを観察したり女子に接触もしたい。

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2008年6月 3日 (火)

禁断の果実

ほら。例のユニクロのCM。

あれってちょっとしたボッキものですよ。ひらけ!ボッキンキン。と言ったとこでしょうか。詰まらない。

吹石一恵さんですよね。彼女のパイオツかいでーですよ。CMの映像もそうですが、キャッチフレーズが何とも良いではないですか。”ブラがいらない”的なものですよ。

あんなの見せられたら男だったら誰だってぼっきんきんになるでしょうが。

あの服ってやっぱ胸の大きめサイズの人だから着れるのではないだろうか。アレを小さめサイズの人が着てしまうとただの薄っぺらい布切れに見えてしまうのかも知れない。それでも良い。それでも良いんだ。

これは女性の薄着だけに限ったことではないのですが、見えそうで見えないと言うもどかしさは興奮度をより高めることに一役買うことは珍しいことではありません。

古今東西、何らかの力で抑え付けられた手の届く場所にあるものに対する欲求は抑える力に反発するかのように止め処なく膨らんでしまっていくものです。

「見てはダメ」と言われていたのに覘いてしまったが故に鶴は帰って行ってしまったし「開けてはダメ」と言われていたのに開けてしまったが故におじいさんになってしまうものなのです。

もしも「見ても良いですよ」と言われていたら?もしも「開けても良いですよ」と言われていたら?

それらの欲求は膨らまなかったのではないでしょうか。

欲求を抑える必要性は皆無。誰にことわる必要もなく誰に咎められることもない。しかし、欲望のままに行動すること良しとしない自分自身の自制心が自分を抑止する。

欲望のままに行動すると言う事は野生剥き出しと言うことだ。野生の行動とは脳の部分の快楽を司る部分の指令に自分の行動が支配されることに他ならない。

この”野生”の行動。今更改めて言うのもはばかれるが人間にとって、いや、生き物にとっては一番素直な行動と言えよう。そしてそれらに複雑な動機や感情はない。あえて理由を挙げるとすれば、”そうしたいから”。”野生”としての行動にそれ以外の理由はない。

人間の言葉で言う”野生の動物”と表現されている動物達も本当の意味での”野生”ではない。他と交わることで秩序が生まれ他から抑止されることもあるだろうし、自分自身を抑止する力も持っている。その基準が人間とは異なるだけである。当然、彼らも他から抑止、また自己の抑止する力で欲求が膨らむこともあるだろう。

彼らには自己または他を愛しむ感情もあるだろうし疎ましいと思う感情もあるだろう。基本とされている喜怒哀楽と言った感情は間違いなくある。従って”野生”と言われている動物達の行動を支配するものは我々人間と同じように複雑な動機や感情であることは明白だ。

では人間と”野生”の動物の違いはなんであろうか。人間にはあって”野生”の動物にないもの。それは他ならぬ”恥かしい”と思う感情ではないだろうか。

太古の昔、禁断の果実と口にしたアダムとイブには知恵が備わった。そして"羞恥心"が芽生えた。よりにより2人は自分の恥かしい部分を隠すことを覚えてしまった。自分と相手の体を比べ、互いに違う部分を確認し、自分は他とは違うのではないだろうかと思う、劣等感とも優越感とも付かぬ感情が芽生えた。

繰り返しになるが、恥かしさの感情の源は他との比較によるものによって産まれる。言い換えれば劣等感と優越感と言ったものであろう。自分が他と違うのかも知れないといったことを自覚することから羞恥心がうまれる。

僕の職場の隣の席のFさん。彼は40代後半だろうか。僕が苦手とする関西弁訛りの口調なのだがF氏の口調は嫌いではない。銀縁のメガネをかけ、頭は落ち武者のように禿げ上がっている。隣の席だと言うのに言葉を交わす事は1日に1度あるかないかの頻度だ。

互いに敬遠している訳ではない。言葉を交わしたくない訳でもない。ただ、話をしないほうが自然なのだ。僕はF氏の隣の席は非常に居心地が良いと感じている。F氏が同じように思ってくれているかは、計り知るところではないが多分そう思っているのではないかと期待している。僕はF氏と交わることは、ないに等しいが不思議と好意を持っている。それは僕とF氏には共通点があるからだ。

僕もF氏も、同じ職場の女性から見ればイケてない男性陣に配置されていることであろう。いや、正直に言おう。僕もF氏もキモイと思われていることであろう。

僕もF氏も自分がキモイことを自覚している。この共通点は意外と大きい。仲間意識はそこらにあるものとは比べ物にならないくらいの結束力であることは間違いない。互いに言葉に発することはないのだが、自分がキモイことは十二分に分っている。女性から相手にされないどころか避けられることもわかっている。なのでこちらから積極的に女性から遠ざかる努力をする。

事務の娘が連絡事項を伝えるために僕に話しかけてくることがあるが、なんだか申し訳ない気分になる。事務娘は「うつったらどうしよう?」と言った具合に不安な眼差しで僕を見ながら連絡事項を伝えてくれる。僕は何らウィルス的なものを潜伏させている覚えはないが、「事務娘にうつしちゃったらどうしよう」なんて心配になってしまう。

F氏からも同じ匂いを感じるのだ。

僕らの席の目の前のシマは空席だった。他のグループが、その空席に席替えをしてきたんですよ。そして机の下の延長コードやLANケーブルを確認したりしている時にですよ。事務娘がやってきたんです。

僕は1年ほど前から、この事務娘のことを知っているのだが、1年前とは比べ物にならないくらいキレイになった。1年前はどこの田んぼから出てきて妖怪だ、ってくらい素朴で地味な雰囲気だったのだが、今は妙に垢抜けて女性としての魅力満載の事務娘に変貌をとげた。きっと彼氏でも出来てIN・OUTを繰り返したのだろう。素朴な雰囲気は今でも匂ってくる。

そんな事務娘が僕達の対面に席替えをしてくる人達のために延長コードやらを確認するために机の下を覗き込んだりしている。

僕は、ボッキンキンした。ほら。やっぱ屈んだりすると胸元から油断が溢れだすじゃないですか。見ようと努力しなくても見えたりする体制になるじゃないですか。そんなものを見せ付けられたらボッキンキンするでしょうが。事務娘はスタイル抜群と言う訳ではないが肉付きがよく健康的なプロポーションの持ち主だ。胸は普通サイズくらい。

もっとガンガン覗き込みたい。そんな欲求が沸々と湧き上がる。ちょっと腰を浮かすか体の角度を変えればバッチリとウキウキウォッチングできる角度になりそうだ。僕は葛藤した。僕が今ここで体を動かせばF氏はなんて思うだろう。F氏も事務娘の胸元が油断だらけになっていることは気が付いているはずだ。

僕とF氏が自然と作り上げた空気。話さなくても良い居心地。お互いにキモイことを自覚した無言の結束と友情。そんなものが一気に崩れ去ってしまうのではないだろうか。そんな不安が付きまとう。禁断の果実を目の前にした僕はチンコの血管が切れるんじゃないかってくらい葛藤した。

僕の頭の中で天使と悪魔が色めき立つ。

「よし!見てしまえ。おもむろに立ち上がって嘗め回すように見てやれ。なぁに、あの娘は素朴さを捨てた娘だ。胸の一つや二つ見られるくらい何とも思っちゃいないさ。覘くなんてケチなこと言ってないでガン見してやれ!何なら乳首を取ってやれ」

悪魔がささやく。

戸惑う僕。

「何やってんだ!早く見とけって!減るもんじゃねぇんだから見ないと損だぜ!」と。天使がざわめく。

この件に関しては天使と悪魔は最初から握手していたようです。
そんなことでよぉし事務娘の胸元を覘いちゃうもんねぇ。体の角度を変えようとしたその時。

はい!今、動いた!F氏、体の角度変えた!事務娘の油断を覘き見た!

もうね。F氏。完全に事務娘の露になった胸元を見てるの。完全に体の角度を調整しているの。僕ね、気が付いちゃったんだ。もちろん気が付かないフリはしたよ。だってF氏はそんなキャラじゃないもの。僕だってそうだもの。だけどね。完全に胸元見てるよ。微調整してるんですもの。角度を。

僕は何て言うか居た堪れない気持ちになり、胸元の油断をばら撒く事務娘に憤りを覚えた。『F氏はそんなヤツじゃないんだ。お前のせいでF氏の”野生”の部分を垣間見てしまったじゃないか!返せ!僕とF氏の結束を返せ!』そう言いたくなりました。失意のままうな垂れていたら事務娘の油断を覘き見ることができなかった。

あの時のF氏は完全に”野生”を曝け出していた。見てはダメとは言われていないが自制心VS野生で野生に軍配があがってしまったのだ。

僕らはとうの昔に禁断の果実に手を出し知恵を授かり羞恥心も覚えている。

僕はこの度の件で悟ったことがある。野生だの理性だのと言う前に目の前の胸元の油断は覘き見るべきだ。

ユニクロのCMの服を着て歩く女性を見かけたらガン見してやろうと思う。

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