醜さと共に
ドブネズミみたいに美しくなりたい、写真には移らない美しさがあるから。
アルバムをめくると小さい頃の写真は両親が撮ってくれたものがたくさんあってアルバムの中に所狭しと貼られているのだが、中学を卒業する時期くらいからの写真が極端に少ない。
どこか出かける時にもカメラを持ち歩く習性もなかったし、写真に残しておきたいような場面に出くわすこともなかった。それと単純に写真があまり好きではないと言うこともある。
何故、写真が好きではないのかと言うと自分の容姿があまり好きではないと言う事もあるが、写真から伝わるものは当然、見てくれだけで人柄や感情を残せるものではないと言う部分が大きいかも知れない。
僕が棲むアパートの同じ階の住人がどうやら引越しをするらしい。部屋の前にダンボールが積んであって、あとは車に詰め込むだけと言った感じで整理されている。
僕の住むアパートの住人は、ほとんどが一人住まいの人だろうけど結構規模の大きな建物なので住居人の数は多い。その割には不気味なくらい住居人と顔を合わせることがない。住みだしてから1年以上が経つが住人と顔を合わせることは、ほぼないに等しい。しかし例外があってダンボールが積んである部屋の住居人とは頻繁に顔を合わせる。アパートの前の自販機にジュースを買いに行く時、出勤、帰宅時、ゴミ出し時、と示し合わせたかのように廊下でバッタリとすれ違う。引っ越してきて初めて挨拶を交わした人でもある。
40代半ばくらいで背は低めで体系は、がっちりタイプ。ずんぐりむっくりと言った形容詞がしっくりくるような風袋で、長髪でもないのにいつも頭にはヘアバンドをつけている。そして部屋の前の廊下に置いてあるスポーティーな自転車で通勤している。少し色黒なんだけどそれは健康的なんだか不健康なんだか判断するのが難しい感じの色だ。
そんなヘアバンドと合う頻度が一番多いのは通勤の時。彼が自転車を押して廊下を歩いている時だ。僕はバイク通勤なのでボンバーマンよろしくヘルメットを被って部屋を出るのだが、ヘアバンドとボンバーマンが連なって歩く図はかなりのシュールさを放っているに違いない。
僕はヘアバンドに少なからず親近感を覚えていた。同じ建物に住んでいるからと言う以上の理由だ。ヘアバンドと10年後の僕を重ねていたのかも知れない。挨拶でしか会話をしたことがないので外見で判断したものなのだが、なぜか自分と同じ匂いがするような気がしていたのだ。
ある日の通勤時にまたヘアバンドとボンバーマンで連なってアパートを出た。そこには顔中血だらけで倒れている人がいた。車と自転車が衝突したようで自転車に乗っていた人は車に撥ね飛ばされて道路に倒れこんでいた。僕は動揺して何もできなかった。しかし、ヘアバンドは「大丈夫ですか?救急車呼びましょうか?」などと声を掛けていた。考えれば当然の行為だ。
しかし、僕は当然な行為ができずにたじろぐばかり。ヘアバンドと僕の決定的な違いを見せ付けられたような気がしてどうにもこうにも遣る瀬無かった。
それから数日後、僕はまたしてもヘアバンドを目撃した。休日の昼下がりに僕が一人で牛丼でも食べに行こうかとアパートを出た時のことだ。
ヘアバンドが車に乗っていた。スポーティーなオープンカーだ。あら?今日は自転車じゃないのね。などと思って見ていたのだが、ふと助手席を見るとバブル期を彷彿させるワンレングスでボディーコンシャスっぽいマブイスケが乗っている。
まさに美女と野獣と言った感じのカップルで、今にもカーセックスでも始めんばかりの勢いでいちゃついていた。僕は指を咥えて眺めながら圧倒的な敗北感を味わい苦汁をなめることしかできなかった。
なぜだ。どうしてだ。僕とヘアバンドにそれほどまでの違いがあると言うのか。確かに僕はイケてない。内面も外見もカスかも知れない。嫌いな言葉は努力だ。社会の底辺に所属する30代独身サラリーマンだ。それは認めよう。だが、それはヘアバンドも同じはず。僕と同じ匂い。加齢に伴う匂いと幸薄そうなオーラが漂っているではないか。これはもう僕のアパートの7不思議に数えられてもおかしくない由々しき問題だ。
他の6不思議は今から考えていくこととして、この1つ目の不思議は、どうにもこうにも納得できない。ヘアバンドは身形こそ、僕の10年後のような風貌だ。認めたくない。認めたくはないが、これはもはや内面的に大きな違いがあるからとしか理解しようがない。
僕はファッションには無頓着だ。女性ならまだしも外見を過剰に気にしている男を見ると幾ら格好良くても滑稽に見える。内側に自信がないから外側ばかりを磨くんだろうと思っていた。
そうだ。僕は意図的に外見を磨かないようにしていたのだ。内面に自信があるから外見を気にすることなんてない、なんて最もらしいまやかしの盾を用意して自分を磨くことを怠っていたのだ。
僕は決意した。外見も磨こう。もとい、外見くらいはマシになろう。まずは服からだ。
僕の所持するお金は「服を買う」ことを前提として計画を立てられてはいないので、そう大きな出費は出来ない。従ってアディダスやプーマなどの一流ブランドは買うことは許されない。早速、ユニクロに行く。
シマシマの服を4枚買った。全部で2000円だった。さすがユニクロ。良いものを安く手に入れることができた。これは部屋着には持って来いだ。意気揚々と自宅に帰って早速試着した。黒白のシマシマと紅白のシマシマだ。これでいつ収監されることになっても大丈夫。一安心。と言ったところで、その夜は枕を涙で濡らして眠りに就いた。
やはり僕には無理なのか。外見を磨くことなんて無理なんだ。内面を成長させるなんてもっての他だ。僕のような底辺の底に敷かれるようなカスが希望を持つのなんてバカげてる。夢を語るのはおこがましい。来世に期待するくらいしかできないや。
僕は外も内もドブネズミだ。
こんな話がある。
FFXってゲームにユウナレスカとかって妙にセクシーな人が出てくるんだけど、それが強いのなんのって。中ボスよ。まぁ、その人を倒さないと話が先に進まないって感じなのですよ。そのセクシーがオーバーデスとか何とかって言う黒魔法を浴びせかけれくるのよ。それって体力がいくらあろうともまともに喰らったら一撃であの世行きと言ったご機嫌な魔術なんだけど、まぁ、このゲームって全滅することなんてあまりないのね。昨日の夜、眠い目をチンコを擦った手で擦りながらもユウナレスカと対決してたんですよ。そしたらユウナレスカの野郎が前述のオーバーデスをやらかしてくる訳ですよ。うん。全滅した。コントローラーをユウナレスカに向かって投げつけてやったよ。
まぁ、今回の件とは容赦無さ過ぎるほど関係ないわな。ビックリした?
そんな感じでヘアバンドの部屋の前のダンボールは着々と減っていってるんだけど、部屋の前に自転車置くわダンボール置くわでヘアバンドも自分のことしか考えてねぇんだな、餞別でシマシマの服を置いといてやろうか、などと思いながら今日も帰宅する。
僕が写真を嫌う理由は外見の悪さを残すのが嫌だったのではないのかも知れない。内面の醜さを映し出されて見透かされてしまうのが怖かったのかも知れない。
僕の記録などには何の価値もない。
誰か僕にオーバーデスをぶちかましてくれまいか。
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