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2008年7月

2008年7月28日 (月)

逃げると言う行為について

いや。タバコ辞めてましてね。

辞めていると言っても2週間前くらいしか経っていないのですが、決意は固い。

9年程前に禁煙にチャレンジしたことがありまして、その時は3ヶ月続きました。今でこそオフィス内、病院、駅構内、全面禁煙は珍しいことではありませんが、当時はそこまで厳しいものではなく、禁煙の時間帯などが設けられた施設などはあるものの全面的に喫煙を禁止しているところは多くありませんでした。

当時、僕は出張をしていまして、それはそれは人間の所業とは思えぬ環境の中での労働を強いられていましてビジネスホテル住まいだったのですが、ホテルに帰るのは風呂に入るためだけに帰ると言った感じで過労死寸前の状態にありました。

そんな中、唯一とも言って良い息抜きがタバコを吸う時間でした。しかし、その職場、当時では珍しく全面禁煙のルールが横行する職場でありました。タバコを吸うためには建物の1階に設置された喫煙所まで行かねばなりませんでした。

タバコを吸っている時間すら惜しいくらいに忙しかったのですが、ニコチンに犯された体は数時間おきに禁断症状が現れ、タバコを吸わねばどうにもこうにも落ち着かない状態になってしまいます。それこそ仕事にも集中できなくなり効率が落ちたような気になり、なんなら軽く手が震えてるんじゃないかって状態になるのです。そして数時間おきに1階の喫煙所に逃げ込む訳です。

そんな荒んだ生活が続き体もボロボロです。晩御飯はいつもコンビニの弁当。たまに早く仕事を切り上げた時は近所の居酒屋、そんな生活が長く続きました。まるで修行のような生活です。

僕はそんな中、更なる荒行を望んだのです。それが禁煙でした。タバコを辞めることで息抜きがなくなり束の間の逃げ場すらもなくなることは明白でした。しかし、僕は荒んだ生活の中で修行のような労働環境の中で更に自分を追い詰める行動とも言える禁煙を敢行した。そうすることで更なる高みを臨めるのではないかと思ったのです。

禁煙は思ったよりも簡単でした。何せ職場の中に入って缶詰状態。自分の時間などは、ほぼ無いに等しい環境でしたので、仕事中に襲ってくる禁断症状さえ抑えることができさえすれば難しいことではありません。何より1階の喫煙所に行かなくて済むので仕事に没頭してしまえば効率もあがる。

そして見事に禁煙に成功した。3ヵ月後。出張から帰り元居た職場に戻った途端に喫煙者に逆戻りでしたが・・・

自分を追い詰めるものがなくなった時、解放された体に開放された精神は暴走気味にそれまでの鬱憤を晴らすかの勢いで堕落していった。それまで抑えられていた欲求が一気に放出され、荒んだ環境で過ごして日々よりも、より荒んだ生活になってしまった。その結果、出張時に落ちた体重は出張前よりも多くなり、タバコの量も増え、体の調子も良くない日が続いた。

抑えていた欲求が爆発を起こしたものの、ある時期を過ぎれば安定し元の生活に戻ることができたのですが、禁煙だけに関わらず「極度の我慢」は良くない。と思うようになりました。

誰しも生活の中で適度な我慢が必要な場面があることでしょうが、度を越した我慢をしている人は注意が必要です。余程の精神力を持った人で無い限り、いつか爆発し暴走し、自分では抑止できないものになってしまう可能性があるからです。

僕はその時の教訓を生かし、それ以降は極度の我慢をすることを極力避けてきた。自分の限界と言うものを知り、追い詰められた時には逃げることも自分を防衛するには必要な手段であることを学びました。

逃げることをせずブチ当たって砕けることを美徳とする日本人の精神から言うと軟弱者と言うことになるのでしょう。しかし、僕は日々の生活や出来事に対してそこまでストイックさを追及することは必要でないと感じた。

時には逃げることも必要だ。それが、自分のためになることかどうかはこの際、関係ない。自分の身を守るために”それ”が必要であるならばどんなに情けなくても、どんなに滑稽でも、どんなに後ろ指を指されようとも全速力で逃げれば良い。ありったけの力で逃げれば良い。

逃げるが勝ちと言う言葉もあるくらいだからあながち間違った行動でもないのでしょう。

僕は今、喫煙することから逃げている。そして禁煙しています。喫煙と言う行為から全速力で逃げる。

物事にはいろんな角度からの視点があるものだ。

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2008年7月26日 (土)

南のほうからの期待と不安

夏がやってきましたよ。どこから?南のほうからでしょうか。

夏の申し子だった。いつも夏を独り占めしたいと思っていた。夏になると胸が弾み、心が躍った。

数年前までは『夏休み』と言う響きがそう遠くない過去の出来事だったような気がして電車の中の学生が減ることで夏休みがやってきたことを実感し会社に向かう電車の中で胸を弾ませ、心を躍らせた。

来た。『夏休み』が。

社会人である僕達にとっての夏休みと言えば学生の頃のそれと比べてささやかなもので盆の間の3~4日の休みがあるだけなのだが、それでも夏が来るのと同時に熱風とも言える新しい風が淡白な日常の中に吹き荒れ、今にも何か楽しいことが始まりだすような予感がした。

ところ構わず吠え続ける蝉。ほんの数歩、外に出るだけで噴出す汗。深夜のニュースで勝敗を伝える甲子園の試合結果。軽装になっていく街を歩く人達の服装。プール道具を肩に掛ける子供達。サザンやTUBE。

そんな光景を見て感じて本格的に夏がやってきたのを感じたものだ。

僕の仲間内でも夏になるとイベントがある。それは中学2年生の頃から毎年盆休みになると開催するキャンプだ。中学生の頃はそれこそ電車に乗ってテントやキャンプ道具をみんなで担いで目的地に向かった。僕らの住む町からそう遠くない川で毎年キャンプを行っていた。

何の変哲もない川で過ごす1泊なのだが、毎年1回の非日常にワクワクし、前準備の段階から気合も十分に望み、その日を去年よりも素敵なものにするための努力を惜しまずやった。その甲斐あって前の年よりも楽しい非日常を過ごすことができた。毎年、最高の日を塗り替えていた。

何度目の夏からだろう。気合十分に全精力を注ぐ準備の段階からどこかしら寂しさを感じていた。それは僕らが1年間待ち望んだ非日常の1日を過ごした次の日のことを考えるようになったからだ。

どんなことに臨むにしても準備は必要だ。いつからか本番に臨むための準備が、本番が終わった後の準備をも含むようになってしまっていたのかも知れない。

決して悪いことではない。何かしらの事柄を行うための準備としては終わった後のことまでもを考えて行動してこそ万全の準備が出来たと言えよう。

僕は万全の準備をすることを望んだ代わりに、期待と不安を包括した非日常を純粋に楽しむことを諦めたのだ。平たく言うと”大人になった”と言うことになるのかも知れない。

いつからか夏に胸が弾むこともなくなり、心も躍らなくなったように感じる。いや。正確に言うなら胸を弾ませ、心を躍らせた後にやってくる寂しさを紛らわせるために弾まず、踊らずで気持ちを抑止し"大人"と言う囲いの中に落ち着き、そしてそこにある淡白な日常に身を隠したように思う。僕よりも一足先に”大人になった”仲間達は数年前からキャンプに参加しなくなった。おそらく僕と同じことを感じたからではないだろうか。

今年は僕もキャンプに参加しないだろう。

そんな僕のもとにも南のほうから吹き荒れる熱風がやってきた。

僕は期待と不安を包括した日常を純粋に楽しむことを諦めてしまったのかも知れないが、胸を弾ませ、心を躍らせることを諦めてはいない。

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2008年7月23日 (水)

キミ

セミ、鳴いてます。夏、真っ盛りです。
夏になると目いっぱい生きてます。
キミ達、うるさいです。。。

セミと一口に言っても、いろんな種類がいる。最もポピュラーなアブラゼミの場合、幼虫の期間は七年くらいらしい。で、幼虫から、孵化して二週間くらいの命らしい。

幼虫の期間は土の中でジッとしているんだからかなり退屈で窮屈なものだろう。

七年間、我慢してやっと出てきたと思ったら「煩い」と疎まれ、子供たちには追い掛け回され。捕まろうものなら虫かごで一生を終える。人間で言うところの重犯罪人の扱いを受ける訳だ。せつない。

僕は、昆虫は苦手なので子供の頃も触るのが怖かった。手の中で「ミ、ミ」って言われるだけで、ゾッとした。近くでマジマジと見るとエイリアンみたいに思えた。見るだけならまだしも触るのは耐え難い恐怖だった。

数年前の夏の日のある朝の出来事。

うだる様な暑さだった。例の如く、バイク通勤している最中。
軽快にバイクで走っている時に突然の腹痛に襲われた。最寄のコンビニへ。店員には目もくれずにトイレへ。
・・・
トイレに入った途端に気が付いたことが一つあった。僕のスーツにセミがくっついている・・・

僕は真夏でも上着を着るナイスガイだ。しかし、、、こりゃ、、、どうなってんだ。と、考えるが腹痛の原因を解決するのが最優先だった・・・まず上着を脱ぎ、トイレの床に投げ捨てた。もちろんセミが、上着の下側になるように。用をたしてる最中、上着の下にセミがいると思うと気が気ではなかった。腹痛のほうはお蔭様で事なきを得ました。

さて、どうしよう。僕は、そっと上着を持ち上げた。セミは、おとなしく上着にしがみついていた。

コンビニのトイレって二重扉になっているところも少なくない。そのコンビニも、それであった。僕は一枚目の扉を、そっと開け、スーツを持った方の腕だけを扉の内側に残すようにし、おもいきりスーツを振り回した。そうして腕を引き入れ扉を閉めた。
スーツにはセミの姿は、なかった。何食わぬ顔でコンビニを出た。

コンビニのトイレを借りたことがある人なら解ると思うが大体、窓がない。防犯やらなんやらの関係であろう。

僕は・・・二週間前後の命を・・・セミを・・・コンビニのトイレに閉じ込めた・・・

トイレ・ニ・トジコメタ・・・

スーツにしがみついている時も、スーツの下敷きになっている時も、スーツを振り回した時も、「ミ」の鳴き声を発する事はなかった。あの後、トイレで合唱が始まってないかは、今の僕には知る術がない。

セミ、鳴いてます。夏、真っ盛りです。
夏になると目いっぱい生きてます。
キミ達、うるさいです。。。

しかし、日本の夏にはキミ達が必要なのですよ。

煩がられようが、追い掛け回されようが、トイレに閉じ込められようが、今年も目いっぱい生きてください。

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2008年7月16日 (水)

小さな思い達

僕らの日常には無数の小さな喜び、小さな怒り、小さな哀しみ、小さな楽しみが散りばめられている。それは本当に些細なことで、よく目を凝らしていないと見落としてしまうくらい小さなものだ。

それらが散りばめられていたことを実感することができることは非常に大きな幸せである。

幸せだと気がつかないほど不幸なことはない。

どこかで聞いたフレーズだが、その通りだと実感することができるときがあります。それは日々の暮らしの中でひっそりと息を潜め、突然やってくる大きな喜び、大きな怒り、大きな哀しみ、大きな楽しみがやってきた時に。その時にこそ日常に散りばめられた小さな思い達にスポットライトが当てられる。

僕らは日常の中に大きな思い達を期待してしまいがちだ。だけれども小さな思い達が散りばめられた日常こそ最も大切にするべき思い達なんだ。小さな思い達は目を凝らせば必ず僕らの目の前に現れてくれる。

僕のデスクの隣の40代で2人の子持ちの先輩は、先日発売されたiPhoneを手に入れたらしい。念願だったらしく徹夜で並んでまで買う覚悟でいたそうなんだけど、思わぬところで意外にも呆気なく手に入ったらしい。

今日の朝、イヤホンを耳に出社してきた。僕は何だか嬉しくなって「手に入ったんですね」そう聞いてみた。すると先輩は、嬉しそうに話してくれた。どうやって入手したか、どうやって使うのか。家の中では電波の入り難いことまで嬉しそうに話してくれた。

喫煙所で会う後輩。アンガールズにもう一人入れるんならコイツってやつがいるんだけど、なんだかしょっちゅう東京に行っているみたいなんです。僕は何の気なしに聞いてみた。「東京へは行かないの?」すると後輩は「来月行きますよ」って。更に僕は何の気なしに「東京は学生の時の友達?」そう聞いてみる。すると後輩は「友達じゃないっす」って。なんだろな。友達でないとしたら・・・彼女!!!アンガールズ3人目の後輩に彼女がいることが発覚した。僕は何だか嬉しくなって根掘り葉掘り聞いてみる。そうすると後輩は嬉しそうに、今彼女、広島に帰ってきてるんですよ。って。聞いてもいないのに自分の家のクーラーが壊れてて寝苦しいって。ボーナス入ったらクーラー買うことを嬉しいそうに話してくれた。

よく目を凝らしていないと見落としてしまうくらい小さなものだ。僕は日常に散りばめられた小さな思い達を見つけることができたような気がして嬉しかった。

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2008年7月14日 (月)

Runner

少年は足が速かった。思い切り走って負けたことがない。

人に自慢できるようなことがなかった少年にとって『足の速さでは誰にも負けない。』と言うのは唯一の自慢だった。運動会の徒競走で他のクラスの足が速いと言われている人にも負けなかった。何度もリレーの選手に選ばれたし、クラスの皆の期待に答えられているような気がして爽快だった。

いつからか、本気で走るのが怖くなった。元来、負けず嫌いと言う訳ではないのだが、本気で走って負けた時の自分を想像すると怖くて仕方がなかった。唯一、自慢できるところで負けてプライドが傷つくのが嫌で仕方がなかった。

負けるのが嫌。

それを、『必死で何かをやる姿が格好悪い』と言うことに置き換えた。

以来、本気で走るのをやめた。クラスのみんなの期待に答えることを爽快と思わなくなった。何一つ人に自慢できるものがなくなった。人に何も誇れるところのない自分のことを嫌いになった。

何て格好悪くて何て滑稽な少年なんだろう。

キッカケは忘れてしまったが、『一生懸命』、『必死で何かをやる姿』が格好良くて素晴らしいものだと思うようになった。

負けるのは嫌だけど、走らないのはもっと嫌だ。

今でもたまに走ることを忘れてしまうことがある。そして大きな失敗をした後に「なんで走らなかったんだろう」と悔やんでしまう。そんな時は走らなかった時の自分に対して腹立たしい気持ちになる。

今から走って追いつけるんだろうか。
今から走っても無駄なんだろうか。

そんな不安を掻き消すかのように、また走り始めることを決意する。思い切り走っている自分が好きだから。本気で走って負けた時のことなんて考えないから。負けてしまうことよりも走れなくなってしまうことのほうが怖いから。

落ち込んでる暇なんてない。

今の僕は、格好悪くて滑稽な少年のことが大好きだ。今の僕は、少年より足が遅いかも知れないし、人に誇れるものもそんなにたくさんある訳ではない。少年が成りたかった『僕』には成れていないかも知れないけど、少年は今の僕のことを大好きって言ってくれるような気がしている。ささやかだけどそれが今の僕の自慢。

10年後の彼が、今の僕のことを大好きって言ってくれるように今日も走る。

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2008年7月12日 (土)

天使のパンドラ

決して明けてはいけない箱。その箱の中からは様々な災いが飛び出してくるそうです。

僕らの中にも決して触れてはならないものがある。それは心の中にあったり表面に出ているものであったりするのだが、決して触れてはならない。
それに触れるとたちまち災いに見舞われて数々の苦しみを背負うことになる。その「パンドラ」は誰にでも必ずあるものです。

僕の中の「パンドラ」。それは自分の驕りです。自分勝手な行動や言動で人を傷つけてしまう。それになれてしまうと感覚は麻痺し、大事なものを見失ってしまう。様々な災いを起こしてしまい、周りの人達を傷つけてしまう。時には身近な人に、時には見知らぬ人に。僕は様々な災いを振りまいてしまう。

僕の天使は羽の使い方を知らない。どんな重い荷物でも自分の背中に載せて運び続けている。僕は天使の荷物を軽くしてあげることができるはずなのに驕っていた。天使は荷物をいくらでも引き受けてくれた。僕は益々、荷物を持たせた。天使の背中は荷物でいっぱいになり、ついには天使の「パンドラ」が開いてしまい、深い闇に沈んでしまった。だけど天使の箱の中からは災いは出てこなかった。天使の「パンドラの箱」の中に入っていた災いは全て天使が飲み込んでしまった。

僕は自分のパンドラの箱を開けたまま、どうすることもできずに闇に沈んで行く天使を見送るしかなかった。手を伸ばしたが届かなかった。

僕は人々に振りまいた災いの罪深さに嘆き悲しんだ。その災いが今度は自分の身に降りかかることになることを覚悟した。僕はただその災いに絶望しながらも時が過ぎるのを待つしかないことを覚悟した。

だけど、僕のパンドラの箱の中に残っているものを見た時、強く決意した。闇に沈んでしまった天使の荷物。天使が飲み込んでしまった災い。全て僕が引き受けたい。
もう一度手を伸ばして闇から開放することに全力を注ぐ。

僕は、僕の天使に立派で綺麗な羽があることを知っている。天使が空に舞い上がる力になりたい。

僕のパンドラの箱の中には幾ばくかの希望が残っている。

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2008年7月 8日 (火)

カササギの短冊

天の川を隔てて引き離された2人が逢うことを許された日。どこからともなくカササギがやってきて川に橋を架けてくれるそうです。

梅雨であるこの時期では夜空に星空が広がることは、そうそうあるものでもありません。雨が降ると天の川の水かさが増し、織姫と彦星は川を渡ることが出来ず会うことができないそうです。この時の雨は催涙雨と呼ばれるそうで2人が流す涙と言われている。

七夕と言えば短冊に願いを書いて竹に飾ると言う行事があちこちで見受けられますが、小学校の時以来、短冊を書いた記憶がありません。短冊に願いを込めていた頃は、その願いはきっと叶うものだと信じていました。大人になった今では短冊に願いを書くことはありませんが、駅前やスーパーに飾られている短冊に込められた願いが叶うと良いな、などと思って眺めます。

思い込めた短冊。あなたはどんなことを願いますか。

もう10年以上前の事です。僕はフラれるために、ずっと好きだった人に告白したことがあります。

中学生の頃からずっと好きだった女の子。

僕は中学生の頃、女子の友達がいませんでした。学校に行っても話をする相手は男子の友達ばかり。たまに話すとすれば同じ地区に住んでて母親同士が仲の良い女の子くらいなものでした。

理由は分からないのですが、僕は女子と仲良く話をすることが格好悪いと思っていたのです。下駄を履いた番長が出てきそうなマンガで言うところの硬派と言うやつで、女子と仲良く話をしたりするのは軟弱者だ、なんて思っていたのかも知れません。当時はそれが当たり前だと思っていたのですけど、今考えると女子と話をすることが怖かったのではないかと振り返ります。

つい先日、中学校の時の同窓会がありました。同窓会と言っても集まったのは男女10人くらいのこじんまりした集まりで、男の参加者は気心の知れた友達ばかりでした。女子のほうはと言いますと、僕からしてみればほぼ初対面のようなもので、話をしたこともない女の子もいます。このプチ同窓会、実は2回目で先月にも一度ありました。その時のメンバーよりもこの度は増員され女の子の人数が増えていました。

僕らの中学校は2つの小学校から集められた児童が通う中学校で1学年で5クラスほどのあまり規模の大きくない中学校でした。そんなこともあり、話をしたこともない人でも名前と顔くらいは知ってると言った感じの学校でした。

女子のほうからしても僕とは初対面に近いものがあり、話しもしたこともないものだから、同じテーブルに座っても何を話したら良いのやらと言った感じではありましたが、そこはお酒の席。普段、人見知りの激しい僕ですが、お酒の力に後押しされ会話もそこそこ弾みました。

みんな中学校の頃の気持ちに戻ったのか、「中学校の頃って誰が好きだった?」と言った感じの話になります。僕はバンカラで硬派だったので好きな子などいない、と言いたいところですが、そこは年頃の男子。好きな子はいました。3年生の春。クラス替えの発表の際に同じクラスになったことを知った時には心の中で神様に感謝し、誰にも見られないように小さくガッツポーズをしたほどです。しかも同じ文字から始まる苗字だったため出席番号が近い。正直、心が躍りました。

しかし、悲しいかな僕は硬派。1年間同じクラスで過ごしたのに交わした言葉は2言3言。いつも目が合わないように眺めるだけで思いを募らせる日々が続いた。痛々しいほど不器用だった僕は思いを内に秘めたまま卒業し、別々の高校に通い、彼女のことを眺めることもできなくなった。

そして高校を卒業し数年経ったある日。丁度今頃の時期だったと記憶している。中学校の卒業アルバムを引っ張り出して彼女の電話番号を調べる。ダイヤルを回しては相手が出る前に受話器を置く日を繰り返しやっとのことで思いを告げることができた。彼女には好きな人がいるらしく当然の如く玉砕した訳だが、受話器を置いた僕に悲壮感は全くなかった。この時は大きくガッツポーズした。

僕のような唐変木から告白された彼女からすれば迷惑な話だろうが、僕は中学校の頃からの思いを封じ込めて過ごした日々に終止符を打ちたかったのだ。彼女に気持ちを伝えることができたと同時に僕の思いを解き放つことができたような気がした。何だか根拠のない自信が産まれ、それまでよりもほんな少し前進したような気がして嬉しかった。

僕は今までこの話を誰にもしたことがない。

前述の同窓会での中学校の頃の好きな人の話題でも言うことはなかった。僕の中で終止符は打てているのだが、僕の中のそんなに多くない大事な想い出の宝箱にそっと仕舞っておくつもりだ。いくらお酒の席だからと言って話をする訳にはいかない。やはり僕は変わり者だと思う。昔の話だからって笑って話せる話なのだがもったいぶってる。まぁ、そもそも僕が中学校の時に好きだった人が誰だったかなんて興味のある女子メンバーなんていないだろうから良いのだが。

プチ同窓会では宴もたけなわの空気が押し迫った時、一人の女の子、R子さんが小学校の頃、I君が好きだった。そう言い出した。R子さんは容姿端麗、成績優秀と言った優等生で、それでいてがり勉と言った空気も感じさせることもなく活発で明るいタイプの子だ。その子が好きだったと言う、I君とは僕も同じ小学校なので知っている。小学校の頃はよく一緒に遊んだ。一緒に蛙を捕まえたこともあるし、一緒に焚き火をしていてあわや放火魔になりかけたこともある。優等生と放火魔では随分釣り合いがとれないが、I君も活発なタイプだったのでそう言うところに惹かれていたのかも知れない。

I君は学区の境目に住んでいたため中学校からは違う学校に通った。

R子さんはI君と会ったのは小学校卒業の時が最後だと言っていたので、実に20年会っていないことになる。R子さんは思いを告げるチャンスもないまま過ごした20年。無邪気に純粋に過ごした少女時代に好きだった人への思いを残したまま今まで過ごしてきたのだろうか。

その瞬間にフラッシュバック。僕の10年前。

焚き火の奥で小さな火種を燻らせて燃え尽きることのできない炎を鎮火するかのように思いを断ち切ったあの日。

プチ同窓会のメンバーの中の1人がI君の電話番号を知っていると言う。早速I君に電話を掛ける。R子さんに電話を渡す。R子さんは目を輝かせながらも緊張した面持ちで何やら話しているが、すぐに電話を手放す。同じ小学校の頃の面々が代わる代わる電話を持ちI君と話していた。

R子さんは全く思いを伝えることは出来なかったようだ。I君は今は県外に住んでいるらしい。そして近々帰ってくるらしい。その時にみんなで一緒に飲もうと言う話になったようだ。

いよいよ宴もたけなわと言った感じで、再開を約束してプチ同窓会は幕を閉じる。

R子さんの燻る思いのことを考えると何故か胸が締め付けられるような気がした。

昨日、R子さんからメールがあった。どうやら僕は同窓会の会場となった居酒屋に帽子を忘れたらしい。R子さんが気が付いて持って帰ってくれたらしい。

僕はお礼の返信と共に、全く持って余計なお世話だろうが、R子さんの小さな火種を燃え尽きさせる勇気の欠片くらいになるかも知れないと思い、僕の10年前の出来事をメールに綴った。まるで10年前の僕にメールを送るかのように。短冊に思いを込めるかのように。

あの時、僕にとっての織姫は思いを告げた彼女ではなく、僕の勇気だったのではないかと思っているのです。1年に1度どころか中学校の時から思いを告げるまでの数年間、出す事が出来なかった勇気に10年前のあの日に出会えたのではないかと思っているのです。僕にとってのカササギは20年来の親友の一言でした。

僕の短冊がR子さんにとってのカササギになれれば良いな。などと思うのでした。

僕の心にはもう随分長いこと催涙雨が降り続いているが、雲の向こうの天の川には橋が架かり織姫と彦星が逢っていると信じたいものです。

思い込めた短冊。あなたはどんなことを願いますか。

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2008年7月 7日 (月)

多種多様なニーズ

何か一つのことに集中して没頭して作業に打ち込むと言うのはかなり難しいことだと思います。

僕は昔から落ち着きのない子として周りの大人達を困らせていた。家族で祖父母の家に泊まりで訪ねた時なども次の日におもちゃを買いに連れて行ってもらう約束をした次の日の朝などには、いつもにも増して早起きで朝ごはんを食べるなりじいちゃんを急かしておもちゃを買いに行くことをねだったもんだ。

ご飯を食べ終えるのと同時に「おもちゃ買いに連れてって」と言うものだから母やばあちゃんに怒られたもんです。父やじいちゃんは、ご飯を食べてからすぐには動けないなんて言っていました。僕は父やじいちゃんが動けるようになるまでの間ソワソワして待ちきれずに、大人達を急かすことに全精力を注いでいました。

その度に「落ち着きのない子だねぇ」なんて言われていました。

ある時、そんな落ち着きのない僕にと、じいちゃんが知恵の輪を与えてくれた。ソワソワしている時に知恵の輪を解くことに集中すると少しは静かになると言った思惑が見え隠れしたのだが、残念ながらじいちゃんの期待する結果にはならなかった。

そもそも落ち着きがないと言う事は集中力がないと言うことに起因する事柄な訳で、集中力がない → 飽きっぽい → 落ち着きがない、このような簡単な図式から導かれる答えとしてはじいちゃんの作戦が失敗することは火を見るよりも明らかだったのだ。

僕の集中力は凄い。

並みの人の集中力が10ポイントだとすると僕の集中力は恐らく2スタンプくらいだ。スタンプは20個押してもらうことで1ポイントと交換できる。しかも、僕の2スタンプのうちの1スタンプは偽造だからな。スタンプって言うかスランプだよ。そのくらい集中力がない。もう意味わかんないね。

友人の子供は小学生くらいなのだが、自分の好きなアニメがテレビでやっていようものならいくら話しかけても返答することがない。まぁ、アホとこの子みたいな顔して口開けてテレビ見てますわ。テレビの中に吸い込まれんばかりの勢いで、それこそ脳みそがちょっとはみだしてんじゃないかと心配になるくらいにアニメに魅せられて見入っているから話しかけても反応ナッシングだ。凄まじい集中力と言わざるおえないのではないだろうか。アホ子が。

そんなアホ子が僕が家に訪ねると毎回、人生ゲームを出してくる。人生の敗北者である僕に対して、せめてゲームの中でも勝ち組になれたら良いね、と言わんばかりに人生ゲームを広げだす。もう、人生ゲームはうんざりなんです。今度、人生ゲームを出してきたら今までにないくらい怖い思いをさせてやろうかと思っている。

そんな感じで僕には集中力がない。

僕は1つのことに没頭する集中力がない代わりと言っては何だか同時に複数のことをこなすことができる。

簡単なところで言えばメールをしながら誰かと話をすることとか。しかし、これは話をしている相手に対して失礼にあたるので余程の緊急でも無い限りはやってはいけない行為だと思っている。その他にもたくさんあるのだが、本文の最後尾に紹介する事としここでは割愛する。

人並みに集中力がある人でも何か気にかかることがある時などは集中することが難しくなることもあるでしょう。

例えばですよ。受験勉強などに没頭する学生の目の前にですよ、なんかね、忍者の格好したギャル曽根なんかが現れたらどうですか。それが妙に小食だったりしたら、勉強どころじゃないでしょうが。ほとばしるはずです。ギャル曽根って忍法使えそうな顔してるよね。多分乳首もピンクだし。それにしても忍者ギャル曽根(ピンク)の格好が鮮明に思い浮かんだんですけど、ギャル曽根って忍者の何かやってたっけか?

要するに、集中力とは個人差こそあれ、何か他に気にかかることがある時などはその力を発揮するのが難しくなる力なのではないかと言うことが言いたい訳なんですよ。集中なんてものは念力集中ピキピキドカンできる怪物くんでも無い限り意図して出来るものなどではないのではないかと言うことが言いたい訳なんです。

また、逆転の発想で、集中力をマイナスの意味として捕らえるのならば一つのことにしか目が向けられないと言う事になります。なぜ逆転の発想をする必要があるのかと言う疑問は残るものの理屈はあってるはずだ。

グローバルな時代です。どんなものにも多様化が求められます。携帯電話とミュージックプレイヤーが合体する時代です。テレビデオの再来と言われたこの機械はあらゆるシーンに活躍することでしょう。

1つのことだけを処理する能力は求められていないのかも知れません。1度に多種多様なニーズに同時に応える能力こそが求められているのです。

そう言った訳で僕は自分の集中力のなさを嘆いたりはしません。これからは1つのことだけに没頭する能力なんてものは求められないのだから。

だから僕は今日も仕事をしながらおっぱいのことを考える。食事をしながらおっぱいのことを考える。風呂に入りながらおっぱいのことを考える。メールをしながらおっぱいのことを考える。ブログを書きながらおっぱいのことを考える。地球環境のことを考えながらおっぱいのことを考える。また、おっぱいのことを考えると同時におっぱいのことを考える。更に付け加えるならおっぱいのことだけを考えると言いながらおっぱいのことを考える。

挙げるとキリがなさそうなのでこの辺りで辞めにしておく。

これからもおっぱいのことを真剣に考えていきたいと思ふ。

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2008年7月 4日 (金)

悟りの躁鬱

修行僧は悟りを開く為に断食や滝に打たれたりして荒行とも言えるような修行をしている訳ですが、普段の生活の中でも悟りに近いものを開くことは間々ある訳でして。

僕は常々、思うんですよね。悟りを開くと言うことは欲望を制し、感情を支配することだと。そして、それらを体得した時には、なんどきも冷静な判断を下せるよう平常心を保つことができるようになるのではないかと。

いやはや。それってただ冷めてるだけじゃね?そう思われる方もおられることでしょう。似非悟りしか開いたことのない僕には到底想像も付かない境地ではあるのですが、30余年も人間やってますと「今、おれって悟ったんじゃね?」なんて思う瞬間があります。

先日のブログで財布を落とした旨を報告した後、枕を涙で濡らしながら過ごしました。失意のままうなだれて出勤したのですが、どうにもこうにも落ち着かない。

僕は何事にも冷静に対処できると思っていました。それがどうでしょう。財布を落としたくらいで、この世の果てに一人で取り残されてしまったかのような絶望感。僕は自分のことを過大評価していたようです。

財布の中には運転免許証、保険証、クレジットカード、会員証類その他諸々が入っていました。お金なんて6000円も入っていましたよ。6000円あってみなさいよ。そこそこ良い育毛剤が買えますよ。ホントね。生まれて初めて「とほほ」って言ったもんな。まぁ、我ながら情けない。昨日の記憶はどこか遠い海に流してしまいたいって思いましたよ。

財布を落としたくらいでここまで落ち込める自分のピュアさ加減にほとほと呆れると同時にどこか「何だか・・・僕らしいや・・・」なんて少し冷めた自分が居たのです。

長財布でお尻のポッケに入れた状態でバイクに乗ってりゃ、いつかはこうなるとわかっていたのですが、なんせどうしようもないくらいに学習能力が低いので仕方ありません。

実は数年前にも同じ過ちを犯してしまっていました。その時も長い財布でバイクでGoの状態でした。家に着いた時に初めて気が付きました。「財布がない!」その時は家のすぐ近くで落としていたらしく近所の人が持ってきてくれました。

世の中捨てたもんじゃねぇな。何て思ったのを覚えています。そして、財布の中にカード類を入れるのは辞めようと思ったのです。そして長財布も辞めました。

それがどうでしょう。この体たらく。

もうね。昨日の夜は自分を呪わんばかりの勢いで体のある部位に摩擦を加えましたよ。

僕は根暗で人見知りが激しい。それ故に初対面の人に与える印象は必ずしも良いものではないのですが、好意的に解釈してくれる人にとっての僕の第一印象は「落ち着いた雰囲気」と言った感じで受け取ってくれる人もいるようです。そしてそのままの印象で付き合いを深めると「常に冷静な人」と言った誤った印象を与えてしまうようです。

誤った印象なのですが、そう言われて悪い気はしません。そして僕は常に冷静に物事に対処していける侍になろうと心を奮い立たせるのです。努力の甲斐あってか、年々、ちょっとしたアクシデントくらいではたじろいだりしないようになれたのではないかと思っていたのです。

財布を落とした。バイクに乗って。長い財布をお尻のポッケに入れて。

もう僕の頭の中には平常心の欠片も見当たらない。断食しようとも滝に打たれようとも悟りを開くことなんて叶うはずもない。僕にできることと言えばCo2を大量に吐き出して温暖化に貢献することくらいしかできない。

クズだ。本物の。

だが、それは嫌だ。僕は社会のお荷物にはなりたくない。どうにかして何かの役に立ちたい。何でも良い。誰でも良い。とにかく僕の存在意義を少しでも見出すことが必要だ。

僕は馬車馬だ。そうだ。馬車馬のように働くくらいでしか世の中のために。などと、財布を落とした現実から逃避しながら仕事に明け暮れようと誓ったその時でした。

僕の携帯に見慣れない番号からの着信が。

財布が警察に届けられたと言う吉報でした!

いやぁ。感激しましたよ。この時ばかりは悟りを開いた修行僧のように冷静に対処できなくて良かったって思いました。とにかく感激した。電話の向こうのお兄さんの声が妙にはつらつとしているような気がして、なんだったら抱かれても良いって思ったもんな。感激度合いから言うと、東京ドーム3個分くらい。

財布は見つかったのですが、銀行のカードなどの紛失を届けを無効にするためには直接銀行を訪ねる必要があるようです。僕はカード類やらを紛失の届けを出していたので、午後から早退して銀行やら免許証の再発行に行ったりする予定でした。そう言った経緯もあり予定通り早退することにしました。こりゃラッキー。

早速、警察に取りに行きます。受付の女性の胸が大きかったのは見逃さない。僕の財布を拾ってくれた誰かは最寄の交番に持っていってくれたらしいです。そして交番が無人だったためそのまま財布を交番に置いて帰ってくれたそうです。なので拾った人にお礼をできないのが心苦しい。

そして僕の財布が手元に戻ってきました。

もうこの時点で有頂天。なんだか地球ってチョロいよね。なんて思っていました。今日も地球が一度回るのは僕のためなのではないか?なんて思ったりもしました。キリンの首が長いのは僕のためなんだろう。なんて思ったりもしました。

6000円もそのまま戻ってきたし豪遊できるぞ!ちょっと良い育毛剤だって買えるぞ!もともと無くなったと思ったお金だから気兼ねなしに無駄遣いしてやる!それにしても受付の女性はボインだったな!

そんなどうしようもないクズですわ。

そして、帰宅し銀行にカードを有効にする手続きをして万事OK。これで、財布を落とす前と同じ状態になりましたよ。時計を見ると午後3時。まだまだ日が落ちるまでに時間がたくさんあるではないですか。

これは有効活用しない手はない。とりあえず古本屋で立ち読み。そして車の清掃。そして釣具屋と、普段では体験することのできない、平日の昼下がりの時間を過ごすことができました。

昨日の絶望感が嘘のように晴れ晴れした気分で堂々と仕事をサボタージュして過ごした時間。無駄に過ごした時間。そしてこうしてブログを書いている始末。

昨日からの一連の出来事の中で興奮していた気持ちが冷め、冷静な判断力を取り戻しつつある。

僕は断食もしていないし滝に打たれてもいないが悟りを開くことがある。

馬車馬になると誓った舌の根も乾かないうちから仕事をサボって立ち読みするわ、体の特定の部位に摩擦を加えるわ、大量のCo2を吐き出すわでブログを書いている。

僕は本当にクズなんじゃないだろうか。

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記憶達の憂鬱

昨日の夕飯が何だったか何てもちろん覚えていないし、直近に書いたブログの内容などもここを見て、あぁ、そんなことも書いたね、何て思うほどだ。

最近に始まったことではないのだが、物忘れが酷い。

日常の中で得る情報量が多過ぎて記憶容量のキャパを超えてしまっているのか、そもそも記憶に残さなくても良いようなことが溢れているせいかは分からないが、どちらにせよ歳を取る度に物忘れが酷くなるような気がする。

それらは単純に古い記憶が新しい記憶に上書きされるのではない。幼い頃に体験した出来事も昨日体験した出来事も記憶に残った出来事であれば色褪せることなく鮮明に記録されている。

物忘れが酷いと感じるようになったのは、それらの記憶が要領いっぱいに溜まった状態なのではないだろうか。故に新しい出来事であっても記録に残すことのないことであれば古い記憶を上書きすることなく、たちまち記憶の彼方に追いやられ、そのうち完全に消去されてしまう。

日常とは記憶の上書きをする作業に他ならず、僕らはそれらの上書きを繰り返して思い出を作っていく。その中で淘汰されたものが鮮明に思い出せる想い出として残されていくのではなだろうか。

「日常」とは、言わば記憶に残らないこと、つまりは”常に過ごしている日々と同じように何でもない日”のことを言うのではないでしょうか。

僕らは退屈を嫌う。全ての生き物が進化を追い求めたように人間もまた、日々の生活に変化を求める。変化を求め進歩を望んだ報酬として科学の発展があったことに間違いはないのだが、多くを望んだ代償として日々の何でもない日を記録に留めることなく蔑ろにしてしまうようになってしまったのかも知れない。

”常に過ごしている日々と同じように何でもない日”は変化や進歩を体感することは難しいが、言うまでもなく変化や進歩は日常の中に埋め込まれいる。

いくら頑張っても出来ないと嘆いている人も、いつまでもこのまで何も変わりはしないと希望を捨てた人も、上書きルーチンの中で何かを得て、また失っている。言い換えれば、小さな変化を繰り返し、常に進歩している。

しかし、悲しいかな、いくら変化しようともいくら進歩しようとも記憶の操作はできないようだ。覚えておきたい出来事、早く忘れたい出来事、それらの記憶を操作することはできない。

記憶の操作ができるようになるには人間は禁断の神の領域に足を踏み入れる必要があるのかも知れない。

近年、問題に取り沙汰される遺伝子操作。クローンなどを産み出すことは人類が足を踏み入れてはいけない領域だったのかも知れない。それと同じように人の記憶を操ることは決して侵してはならない聖域だ。

話題は変わるが、今日、帰宅途中に財布を落とした。もう。なんかどうでも良くなったよ。

最近に始まったことではないのだが、物覚えも酷い。

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