逃げると言う行為について
いや。タバコ辞めてましてね。
辞めていると言っても2週間前くらいしか経っていないのですが、決意は固い。
9年程前に禁煙にチャレンジしたことがありまして、その時は3ヶ月続きました。今でこそオフィス内、病院、駅構内、全面禁煙は珍しいことではありませんが、当時はそこまで厳しいものではなく、禁煙の時間帯などが設けられた施設などはあるものの全面的に喫煙を禁止しているところは多くありませんでした。
当時、僕は出張をしていまして、それはそれは人間の所業とは思えぬ環境の中での労働を強いられていましてビジネスホテル住まいだったのですが、ホテルに帰るのは風呂に入るためだけに帰ると言った感じで過労死寸前の状態にありました。
そんな中、唯一とも言って良い息抜きがタバコを吸う時間でした。しかし、その職場、当時では珍しく全面禁煙のルールが横行する職場でありました。タバコを吸うためには建物の1階に設置された喫煙所まで行かねばなりませんでした。
タバコを吸っている時間すら惜しいくらいに忙しかったのですが、ニコチンに犯された体は数時間おきに禁断症状が現れ、タバコを吸わねばどうにもこうにも落ち着かない状態になってしまいます。それこそ仕事にも集中できなくなり効率が落ちたような気になり、なんなら軽く手が震えてるんじゃないかって状態になるのです。そして数時間おきに1階の喫煙所に逃げ込む訳です。
そんな荒んだ生活が続き体もボロボロです。晩御飯はいつもコンビニの弁当。たまに早く仕事を切り上げた時は近所の居酒屋、そんな生活が長く続きました。まるで修行のような生活です。
僕はそんな中、更なる荒行を望んだのです。それが禁煙でした。タバコを辞めることで息抜きがなくなり束の間の逃げ場すらもなくなることは明白でした。しかし、僕は荒んだ生活の中で修行のような労働環境の中で更に自分を追い詰める行動とも言える禁煙を敢行した。そうすることで更なる高みを臨めるのではないかと思ったのです。
禁煙は思ったよりも簡単でした。何せ職場の中に入って缶詰状態。自分の時間などは、ほぼ無いに等しい環境でしたので、仕事中に襲ってくる禁断症状さえ抑えることができさえすれば難しいことではありません。何より1階の喫煙所に行かなくて済むので仕事に没頭してしまえば効率もあがる。
そして見事に禁煙に成功した。3ヵ月後。出張から帰り元居た職場に戻った途端に喫煙者に逆戻りでしたが・・・
自分を追い詰めるものがなくなった時、解放された体に開放された精神は暴走気味にそれまでの鬱憤を晴らすかの勢いで堕落していった。それまで抑えられていた欲求が一気に放出され、荒んだ環境で過ごして日々よりも、より荒んだ生活になってしまった。その結果、出張時に落ちた体重は出張前よりも多くなり、タバコの量も増え、体の調子も良くない日が続いた。
抑えていた欲求が爆発を起こしたものの、ある時期を過ぎれば安定し元の生活に戻ることができたのですが、禁煙だけに関わらず「極度の我慢」は良くない。と思うようになりました。
誰しも生活の中で適度な我慢が必要な場面があることでしょうが、度を越した我慢をしている人は注意が必要です。余程の精神力を持った人で無い限り、いつか爆発し暴走し、自分では抑止できないものになってしまう可能性があるからです。
僕はその時の教訓を生かし、それ以降は極度の我慢をすることを極力避けてきた。自分の限界と言うものを知り、追い詰められた時には逃げることも自分を防衛するには必要な手段であることを学びました。
逃げることをせずブチ当たって砕けることを美徳とする日本人の精神から言うと軟弱者と言うことになるのでしょう。しかし、僕は日々の生活や出来事に対してそこまでストイックさを追及することは必要でないと感じた。
時には逃げることも必要だ。それが、自分のためになることかどうかはこの際、関係ない。自分の身を守るために”それ”が必要であるならばどんなに情けなくても、どんなに滑稽でも、どんなに後ろ指を指されようとも全速力で逃げれば良い。ありったけの力で逃げれば良い。
逃げるが勝ちと言う言葉もあるくらいだからあながち間違った行動でもないのでしょう。
僕は今、喫煙することから逃げている。そして禁煙しています。喫煙と言う行為から全速力で逃げる。
物事にはいろんな角度からの視点があるものだ。


コメント