希望の香り
明日が来るのが当たり前だと思っている。
当然のことながら今日が終われば明日になる訳なんだけど、明日ってのは何故だか今日よりも良くなってんじゃないかって何の根拠もなしに希望を持ったりするものだ。
夜の帳が降りて辺りが暗闇に包まれる頃、明日を迎える準備を始める。そして今日が終わる頃に夢の中に堕ちていく。翌朝目覚めた時に突如として天才になってやしないか、大富豪になってやしないか、はたまた明日になってないんじゃないか。そんなことを思いながら眠りに就く。
僕は30余年生きてきたが今まで期待した明日が来たことがない。朝目覚めた時、いつもと同じ朝だ。天才にはなっていないし大富豪にもなってない。ところが、明日にはなっている。今日は、やはり"明日"になっている。
子供の頃、大人になりたいと願ったこともあった。その頃は"明日"の繰り返しで大人になるものだと思ってはいなかった。
大人に成りかけた頃、大人になんかなりなくないと思ったこともあった。だけども"明日"には何かしら希望があるような気がして毎日、明日が来るのが楽しみだった。
大人になりたいと願った子供の頃も、大人になりたくないと思った半大人の頃も、明日になることを望んではいたものの今日を生きるのに精一杯で明日を迎える準備など到底できるものではなかった。いつも気がついたら"明日"になっていた。
そして今、どうやら何回も"明日"を繰り返すうちに大人になったようだ。昔、あんなにも望んでいた明日だったが、望まなくても"明日"になることを知った。今日が終わる頃、明日を迎える準備をすることもできるようになった。そして明日は今日とそう変わりない日で、天才にもならないし大富豪にもならないこともわかった。だけど、必ず"明日"になっていることを知った。
繰り返しの毎日にちょっぴり失望しながらも、どこか希望の香りがする明日を迎え入れる。
当然のことながら"明日"になると言うことは時間が経過していると言うことになる。僕の余命がどのくらいあるのかはわからないが、生命にはタイムリミットがある。言うまでもなく時間の経過とは生命の終わり向かっていることと同義だ。
"明日"とは希望なんかじゃないんじゃないか?終わりに向かっているとしたらできれば向かいたくない。天才にもなれない、大富豪にもなれないとわかっているんだから"明日"なんかこなければ良いのに。
どうせ明日になったって今日とそう変わりない1日になるんだ。終わりに近付いてしまうくらいならずっと今日のままでいれれば良いのに。
そんなことを考えながら明日を迎える準備を始める。
どこからともなく暗闇がやってくる。そして僕の住んでるところとは別のところでは太陽が昇り朝を迎えた誰かはおそらく天才になってはいないだろうし大富豪にもなってないだろう。いつもとそう大差ない1日を過ごすのだろう。
そんなことを考えながら明日を迎える準備を始める。
眠りに就く頃、どこからともなく希望の香りが漂ってくる。
翌朝目覚めた時に突如として天才になってやしないか、大富豪になってやしないか、はたまた明日になってないんじゃないか。そんなことを思いながら眠りに就く。
おそらく朝目覚めた時、いつもと同じ朝だ。天才にはなっていないし大富豪にもなってない。ところが、明日にはなっている。今日は、やはり"明日"になっている。
だけども何だか明日は良い1日になるような気がする。
そんなことを考えながら二度と繰り返されることのない今日に別れを告げて、新しい希望の香りのする明日を迎える。。


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