廻れお寿司
僕だってお寿司が食べたい!
そんな感じで給料が入ったばかりだってのを良いことにお寿司を食べに行くことにしたんですよ。僕だってたまにはラーメン以外のものを食べるために外食をしたいってなもんですよ。
僕は味覚やらがバカなので何を食べても美味しいと感じることができるのですが、お寿司だって食べたくなることもある。
廻る寿司が大好きなので、その日も行き着けの廻る寿司屋に行きましたよ。
そしてこの度は学んだことがある。お寿司を食べて逆にお金をもらえることがあるってことを。
「廻る寿司」とかって言いながらも結局は内側にいる板さんに注文する。目の前に廻っている寿司を取ったことなんてあまりない。どうやら廻るお寿司の人気はこの辺りにあるらしい。
僕らのような所得の低い階級の日本人はお寿司を高級な食べ物の代表として位置付けることが多い。
多くの廻る寿司屋では客に食べさせることが目的で寿司を廻している訳ではない。目の前に廻っているお寿司を取るのはもちろん自由なんだけど、わざわざ板前さんが目の前で握ってくれるのを食べることによって自分が上流階級に仲間入りしたかのような錯覚させることが狙いだ。そうすることによって食すことの満足感を与えると同時に、ブルジョワジーな気分を味わってもらうことを目的としている。そのことからも分るように、廻る寿司屋は味への満足度が高い店よりも精神的な満足度が高い店のほうがリピート率が高い。
だらだらと偉そうなことを書いたが全部僕が勝手に思っていることです。
その店はかなり大規模な「廻る」が設備されており店内には注文を聞くための店員がいたるところに配置されている。その日も思いつくままに注文した。
僕は余程の貧乏性らしく思いつくままに注文したはずなのに黄金色に輝く300円皿は一枚も注文していなかった。テーブルには、白い色で人をおちょくっているかのような魚の絵が書かれた皿ばかりが積み重ねられている。
1ターン目の注文の品をたいらげ2ターン目に突入。店内をうろつく店員の一人を捕まえ注文する。
イカが食いたい!ってことでイカ明太なる軍艦を頼むことにしたんですよ。店員は注文用紙にメモを取っています。そうしていると左の腕に鋭い痛みが走ったのです。
左腕を見ると半袖の袖の部分に青いインクが。明らかに店員が持っていたボールペンのインクから刻み付けられたであろう青い刻印が僕の左腕に記されている。
店員は僕に青い刻印を刻み付けたことを気付いた様子だったのですが、「何かありましたか?」と言った具合のすまし顔で僕の腕を見て店内業務に戻る。
ナニか?じゃあ、この店はアレか?100円の皿しか頼まない客には青い印をつけるってか?100円皿の刻印か?
もぅ、ねぇ。正直青いインクがついてることなんてどうでも良かったんですよ。100円皿の山の中に200円皿が数枚混ざっていることを声を大にして伝えたかったのですよ。「おれは本気出したら200円皿だって頼めるんだぞぉ」って。
2ターン目の注文の品が届く頃には僕の心は荒みきっていました。『そうさ。僕は給料が入ってたまにする外食、しかも寿司を食べにきたと言うのに100円皿しか頼めないほどの小さな人間さ。』そんなオーラがムンムンと出てたに違いない。
そうそう。さっき注文した「イカ明太」だって頼んだ覚えのない「梅クラゲ」に化けて出てきたけどそんな関係ない。なんせ僕は青い刻印を刻まれた100円皿の男なんだから。
失意の中、「イカ明太」ならぬ「梅クラゲ」を食していると先ほどの僕に青い刻印を刻み付けた店員が寄ってくる。
「もし?あなたの左腕の刻印は私が刻み付けたものではなかろうか?」と。
僕はこう見えて身の程を弁えている。100円皿の男の刻印は甘んじて受ける。そうだ。僕が卑しくもお寿司などを食すことがそもそもの間違いなのだ。家で、すし太郎でも食べておけば良かったんだ。なんか返って悪いことをしたね。そんな気持ちでいっぱいだった。店員には「そうだけど、気にしないでください(僕は100円皿しか頼まないのだから・・・)」と伝える。
そうすると店員は「大丈夫ですか?今、上のものを呼んできますんで。」そう告げると店員はどこへともなく消えていった。
僕はそんなのはとうの昔の出来事のように感じて3ターン目の注文を済ませた。
今度は頼んだ通りの品物(100円皿)が運ばれ「美味」などと舌鼓を打ちながら口の中にほうばる。
そうしていると先ほどの店員と上のもの(店長)がやってきて「どうもすみませんでした」ってなもんで謝りにきた。僕のほうはお寿司を食べるのに夢中で正直煩わしく感じたが以外にもあっさりとした謝罪で僕の食事を妨げるものではなかった。
しばらくして上のものがやってきて何やら封筒のようなものを僕に手渡してきた。「大変申し訳ありませんでした。クリーニング代です。引き続きの食事(100円皿)を楽しんでください。」
そんな感じでお金をもらった。100円皿の刻印を押されたのは屈辱だったけどお寿司を食べに行ったら逆にお金をもらえることだってある。
時を同じくしてうちの実家では甥の誕生日と言うこともあり一家で焼肉を食べに行ったようだ。柄にもなくブルジョワジーみたいな生活をしてやがる。なんて思ったものです。
翌日、実家に晩御飯を馳走になりに赴いた。
「すし太郎」でした。
きっとうちの家族も焼肉屋で何らかの刻印を刻み付けられたに違いない。
すし太郎は、みんなに平等に優しいんだ。
「ありがとう」
僕はそっと呟いて、白い色で人をおちょくっているかのような魚の絵が書かれた皿にすし太郎を大盛りに盛った。


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